Time of judgement/13
本陣にいるシズキは、カミエの戦況を、鋭利なスミレ色の瞳で刺すように眺めていた。
「カミエのやつ、一点に集中過ぎだ。あんなに重ねて、どうやって浄化するつもりだ?」
どうしようもないほどの敵という瓦礫の山。合気の効力が切れた時には間違いなく無傷では、カミエは戻ってこれないだろう。
シズキは腕組みしていた手を解いて、拳銃――フロンティアを取り出した。まっすぐ前を見たまま、隣にいる金髪天使に声をかける。
「ラジュ、抜け」
月のように美しい顔立ちから、ニコニコの笑みはなくなり、ラジュらしくなく何も返してこなかった。
「…………」
「貴様が俺たちの中では一番浄化の力がある。貴様でないと、あれだけの数は浄化できない」
奥行きがあり少し低めのシズキの声は、まだ続きを話していた。風に吹かれた金の髪を払うこともせず、ラジュは悲しげに微笑む。
「昔取った杵柄でしょうか?」
「貴様、余計な御託はいいから早く抜け!」
白いローブに隠れている太ももが風に煽られ、滑らかな線の途中で、引っ掛かりができていた。
「…………」
ラジュは戦場を眺めたまま、武器を手にするつもりはなかった。ただ立ち尽くす。 シズキは銃口をラジュの太ももの後ろに突きつけた。女性らしいボディーラインがはっきりと浮かび上がる。
「貴様のその足、ぶち抜いてでも抜かせてやる!」
「…………」
ラジュの花のように綺麗な唇は、一ミリも動くことはなかった。
この男――シズキは本当に攻撃してくるだろう。脅して、相手にいうことを聞かせるような、卑怯な真似はしない、心の澄んだ存在だ。
ラジュは思う。自身の足がなくなったとしても、心の中に鉛のように沈んだ悲しみとは比べものにならないのだと。
「抜き取る仕草だけでも、敵の動きは封じられる」
シズキは信じて待った。この男はこれくらいのことでは負けないのだと。不屈の精神で何度でも立ち上がってくるのだ。ニコニコと微笑みながら。
少しの間が空いたが、ラジュはくすりと笑い、
「……仕方がありませんね」
左足だけを爪先立ちさせた。右手を両足の前へ落とすと、聖なるローブの白い布地は縦に切れ目がすうっと入った。スリットスカートのように生地は分かれ、膝の上に乗っていたそれを左手で払い落とす。
色気という言葉がひれ伏すほど、色白でしなやかであり肌はきめ細かく、足を自慢とする女も思わずそれを隠してしまうような曲線美の足が現れた。
その太ももには、茶色のベルトが巻きつけられていた。内側に崇剛のものとよく似ている聖なるダガーの柄が鋭いシルバー色の光を放っていた。
「はぁ〜……」
敵の目は男女の区別なく、全員がラジュの足に釘付けになり、思わず感嘆のため息をもらす。当の本人はまったく気にした様子もなく、ダガーの柄に手をかけて、スッと抜き出した。
しかし、崇剛はと違い、鉛筆を持つような指遣いで、どこからどう見ても初心者みたいな武器の扱い方だった。
「俺が後押ししてやる! ありがたく思え!」
「えぇ」
やっと援護攻撃が始まるかと思いきや、ラジュのおどけた声が戦場に響き渡った。
「それでは、カミエの背中の真ん中を狙って、ダガーを投げましょうか〜?」
いつもの調子を取り戻したラジュは、不気味は含み笑いをしながら、
「彼を消滅させましょうか〜? 負ける可能性が高くなります〜」
相打ちを進んでしようとしているトラップ天使を、射殺すように鋭利なスミレ色の瞳がにらみつけ、
「貴様、ふざけている暇があるなら、日頃から武器の扱い方の練習をしておけ! 貴様ごと敵に吹っ飛ばしてやる!」
シズキは銃口を今度、ラジュの金髪に当て、引き金に手をかけた。ラジュはおどけた感じで、
「おや? 今日のシズキは怖いですね〜。私が先に消滅ですか〜」
シズキの細く神経質な指先がトリガーを奥へ引っ張り始める。
「貴様、最初に言ったことを忘れるな。仕事は仕事だ、きちんとやれ! 俺たちは今、何をしていると思っている?」
真剣に囮の振りをする。それが任務――
シズキの怒りは爆発寸前だったが、ラジュの次の言葉はこれだった。




