Time of judgement/4
が、すぐに明かりが戻ってきた。ラジュのニコニコの笑みが現れて、不気味な含み笑いをもらす。
「というのは、冗談です〜。神にまた叱られてしまいますからね〜」
命がかかっているというのに、まったくシリアスにならない戦場。横並びの列から頭だけはみ出して、ラジュは守護する人をうかがったが、紺の長い髪は小刻みにまだ揺れていた。
「未だに崇剛は笑っています〜。ダルレシアンには敵の動きは見えませんからね〜。ふたりが死ぬのは困ります。せっかく出会わせたんですから〜」
自分で笑いの渦へ蹴落としておいて、ラジュは涼しい顔をしてあたりを見渡した。
(次、どなたか行っていただけますか?)
わざとらしく困った振りをしていると、隣から、地鳴りのような低い声が最低限を言い残して、
「俺が行く」
「カミエ〜、お願いしましたよ〜」
(行ってくれると思っていましたよ)
トラップ天使の罠にいつも通りはまった、カミエは立派な両翼がついているというのに、地面の上を走り出した。
その走りは人に出せるスピードではなく、氷上を滑るが如し突き進んでゆく。そんな武道家の心の中は専門用語でいっぱいだった。
(正中線、腸腰筋、腸骨筋、足裏の意識を高める――縮地!)
左右に傾くとこどか、前後上下にもブレずに腕は振らず、足だけが猛スピードで動いている。荒野の乾き切った大地なのに、土煙ひとつ上がらないどころか、足音もしない。神がかりな走りだった。
見送っているラジュに、シズキが問いかける。
「貴様、なぜ、自ら行かない? 貴様の守護する人間どもだろう。カミエとともに守護するという神への誓いを忘れるとは、どういうつもりだ?」
「私の武器は策略ですからね〜。従って、参謀は後方にて待機です〜。みなさんが消滅したのを確認してから、私は逃走ということです」
「俺っちのほうにもきたっすね! 日頃の修業の成果を見せる時っす!」
アドスが錫杖を地面に叩きつけると、武器の頭についていた鈴がシャンシャ〜ンと空気を清めるように鳴り響いた。
基本的には槍のように扱い、敵を次々に倒してゆく。
「うわっ!」
「ぎゃあっ!」
崇剛はまだ笑っていて、頼りにならない。ダルレシアンは自分の耳を信じて、誰が残っていて、誰が戦場に出て行ったのかを、正確に記録していた。
天使は残り三人。それなのに、ラジュは真正面を見つめたまま、
「私とあなただけになりましたが、シズキはどうするんですか〜?」
「毎回同じこと言わせるな。誰が貴様を守る?」
「運でしょうか〜? 勝つためには大切な要素のひとつです」
シズキは大量の敵が突進してくるのを見据える。
「戦いたくないなら、俺が貴様を守り抜いてやる。ありがたく思え」
シズキはラジュのことをよくわかっていた。この男は戦いたくないのだ。
ヒーローがお姫様に言うような言葉を聞いて、ラジュは恋に落ちてしまったように吐息まじりに言う。
「シズキ、私のことを……」
ラジュの手がシズキの頬に伸び、シズキはその手をしっかりとつかんで、
「ラジュ、貴様のことを……」
見つめ合うふたり――。シズキはラジュに顔をゆっくりと近づけてゆく。キスができそうな位置まで迫って、シズキはラジュに吐き捨てるように、
「貴様なぜ、そこで恋愛ものバリに俺を見つめてくる? ふざけるのもいい加減にしろ、きちんと戦え!」
それだけでは収まらず。
「普通に守ってやる。さっきから、笑いばかり取ってくるとはどういうつもりだ?」
「うふふふっ。真面目でふざけていないと、体にも思考にも力が入り固まってしまって、上手く戦えないとカミエが以前言っていましたよ。武術の基本だそうです〜」
シズキは敵陣で戦っているカミエを射抜くように凝視する。
「あの修業バカ。余計なことをラジュに吹き込んで。他にも興味を少しは持て。あとで、フロンティアでぶち抜いてやる!」
ラジュの罠のお陰で、戦いに参戦できないでいた崇剛とダルレシアン。
「崇剛、落ち着いてきた?」
前屈みの姿勢を崇剛は直し、何とか笑いと止め、目の淵にたまった涙を細い指先でなぞった
「……えぇ」
「キミの武器は何?」
さっき会ったばかり。お互いのことはまだまだ知らない。興味津々のダルレシアンの前に、鋭いシルバー色の光を放つ聖なるダガーが出された。
「こちらですよ」
「ふ〜ん」
聡明な瑠璃紺色の瞳に短剣をちらっと見て、ダルレシアンは自分の爪を眺める癖をした。




