Time of judgement/2
ダルレシアンの脳裏に浮かぶ。真っ白な雲が広がる天国。そこで、バタバタと倒れる女たち。当然ながら、
「それって、仕事が滞るってことだよね?」
話がひと段落した天使たちから、ナールの無機質なうなずきが聞こえ、
「そう。だから、神さまも困っちゃってんの」
彼はけだるそうに、山吹色のボブ髪をかき上げた。
さっきから言われっぱなしのラジュは、こめかみに人差し指を突き立て、珍しく苦渋の表情を見せる。
「私も少々困っているんです〜」
ダルレシアンは声がしたほうへ顔を向け、春風が吹いたように柔らかに微笑んだ。
「ラジュはモテモテだね」
「私を褒めても何も出ませんよ〜?」
ニコニコしながら言うものだから、やけに凄みを増していた。
しかし、今話題の天使のまわりで起きている摩訶不思議現象はこれだけには収まらず、遊線が螺旋を描く優雅な声で、崇剛がつけ足した。
「それから、知らない女性が勝手についてくるそうですよ」
ダルレシアンは今度、人間である崇剛に視線を向ける。
「それで、邪神界にいた女の子をこっちに連れてきたってこと?」
「えぇ、なぜか、彼女たちが改心したいとおっしゃるので、連れてきてしまいました〜。うふふふっ」
風で乱れた金の髪を耳にかけながら、ラジュは不気味な含み笑いをした。
瑠璃はあきれた顔で、金髪天使をチラッと見やった。
「それが千人とはの。お主が邪神界にいたほうがよいのではあるまいか? 次々にこっちへ戻ってくるであろう」
ラジュは手のひらに拳をとんとぶつけておどけた。
「おや〜? その手がありましたか。今から私は堕天使になりましょうか〜?」
ああ言えばこう言うで、堪えもしない。本気で悪になりそうな、負けること大好き天使。彼に返す言葉が誰にも見つからなかった。
「…………」
敵陣に到着した味方の兵たちが、各々《おのおの》の武器を振り、戦場は静かでありながら着実にせり合いが起きていた。
メインの彼らもそろそろ出陣かというところで、ラジュが今頃思いついたように声を上げた。
「そうでした。失念していました〜」
シズキは鋭利なスミレ色の瞳で、戯言天使を射しながら、
「貴様また策を張る気だな? そう言う時は絶対にそうだ」
「違いますよ〜?」
語尾がゆるゆると伸び、おどけた感がより一層強く出ていた。
ラジュの女性らしい綺麗な唇から、次に何が出てくるのかと、みんな黙って待っていた。すると、にっこりと柔らかな笑みで戦場を見つめている天使へ伝令された。
「クリュダ、邪神界でとある方から教えていただいたんですが、あなたにとっておきの情報があるんです〜」
優しさに満ちあふれた蒼色の瞳は、戦場からラジュへ向けられ、
「どのようなものですか?」
こんな話が、トラップ天使からもたらされたのだった。
「敵の後方に、『ナスカの地上絵』があるそうです〜」
「本当ですかっ!?」
さっきまでの穏やかさはどこかへ吹き飛び、戦場中に響くような驚き声を上げた。カミエは腰のあたりで組んでいた両腕はそのままで、目をつむり、首を横に振る。
「お前また、その手を使って……」
しっかり聞こえているはずなのに、ラジュは素知らぬ振りで、話をゆるゆるとしながら強引に進める。
「えぇ、嘘はついていませんよ〜?」
そんなトラップ天使の心のうちは、かなりひどいものだった。
(奇跡は起きるかもしれませんよ〜?)
腹黒天使の策に気づかず、クリュダは「ふむ」とうなずいて、
「それは、すぐに行かなくはいけません!」
力強く決心すると、クリュダの手の中に大きなシャベルが現れた。発掘アイテムである。
それを手に、彼は、
「ナスカ〜〜〜〜!!!!」
と叫びながら、猪突猛進。戦場にひとり突っ込んでいった。
両翼があることも忘れ、無謀に――いや何かに取り憑かれたように走ってゆく仲間の背中を見ながら、シズキの可愛らしい顔は怒りで歪んでいた。
「貴様、仲間を捨て駒にするとはどういうつもりだ! クリュダにそんなことを言ったら、ひとりで飛び出して行くのは目に見えているだろう」
「していませんよ〜? 消滅した時はした時です〜」
しれっと答えたラジュの策はあまりにもひどかった。
それに輪をかけて、ナールは無機質な表情で、土煙を上げて去ってゆくクリュダに、冷静にツッコミを入れた。
「ナスカの地上絵って、地上にあるから地上絵なんじゃないの?」
「霊界にはないっすね! 研究バカってやつっすか」
宗教バカのアドスが綺麗にまとめ上げた。




