Before the battle/11
崇剛は残りの天使ふたりをそっとうかがった。俺様のシズキが人間如きに何かするのは可能性が低い。
だが、ナールの彫刻像のように彫りの深い顔は、何の笑みもなく、ただ無機質でどこまでも無感情だった。
頭脳は精巧。感情が表に出ない。情報漏洩しないために、同じ言葉を何度も使ってくる。そうなると、なぜ彼が全面的に関係しているのかの謎は、そうそう解けるはずもなかった。
会話が不自然にならないように、崇剛は神経質な指をあごに当てて、彼なりの分析結果を告げた。
「私の千里眼の特権なのかもしれませんね」
メシアを持っていれば、見えるというわけではないようだった。
ダルレシアンは唯一同じ人間である、崇剛に右手を差し出した。
「頼むよ、崇剛。キミを信じるしかないみたいだ」
「えぇ、あなたの魂は私が預かりましたよ」
神経質な手で、魔導師の大きな手のひらを力強く握り、崇剛とダルレシアンはお互いの瞳をじっと見つめた。
「キミとはいい関係になれるかも?」
悪戯っぽく言って、ダルレシアンはさっと手を離した。
違和感――崇剛の中でそれが大きく膨らんだ。男色家という可能性が合っているのか。どうにも怪しくなった。
瑠璃のことをさっき話していた、ダルレシアンの言葉を鮮明に蘇らせる。彼女が八歳だと知った、教祖の反応。
『ボク、大人にしか興味ないんだよなぁ〜』
思考の泉にひとつの波紋が不意に広がった。この言葉の可能性――裏に、崇剛は予測がついた。
ラジュのおかしなやり取りがにわかに聞こえてくる。
「クリュダ〜? 先ほど話した作戦Bでお願いします」
「僕も一回やってみたかったんです。こう、鋭い眼光で渋い声を出す刑事役を」
国立の話をしているような素振りで、クリュダはなぜかやる気満々だった。
「それを言うなら、刑事じゃなくて、プロファイリングっすね!」
アドスの言葉からすると、クリュダはボケをかましたらしい。聖戦争にどう関係するのかと思っていると、カミエが真面目な顔をして、
「こういう時こそ、笑いは大切だ」
と言うものだから、崇剛は素早く思案を停止して、負けるの大好きな天使に問いかけた。
「ラジュ天使、作戦Bとはどのようなものですか?」
「おや〜? 聞こえてしましたか〜?」
聞こえるように言っておいて、そんなことを言うラジュのそばで、ナールは気だるそうに髪をかき上げた。
「お前、本当失敗すんの好きだよね?」
少し離れたところで、シズキは超不機嫌顔で、
「貴様たちで勝手にやれ。俺は加わらない」
「え〜? ボクは勝ちたいんだけど?」
ダルレシアンの策略は勝つものであって、負けたがり屋の天使の支配下に置かれるのは真っ平ごめんだった。
戯言天使のお遊びを前にして、瑠璃は地団駄踏んだ。
「お主、そのようなことを申している場合ではなかろう!」
また誰かの文句が飛んできそうだったが、
「だまらっしゃい!」
ぴしゃんと、ラジュから鶴の一声が入った。彼が怒るのは珍しいことだった。
どうやら今回は真面目にやっているようで、どんなに内容がおかしかろうと勝つためらしかった。
「シズキにもきちんと参加していただきます。約束は約束です〜」
「くそっ!」
俺様天使は悔しそうに吐き捨てた。
こほんと咳払いをして、ラジュのおどけた凛とした澄んだ女性的な声が、旧聖堂を抜けて荒野まで鳴り渡った。
「それでは、敵の攻撃を受けるために結界を解きます」
正神界の軍勢に緊張感が鋭く走った。
戦いをするにあたって、それぞれの想いを胸に、邪神界の整列した軍を静かに眺める。
霊的な敵との戦闘に備え、崇剛は思考回路を変更して、ダルレシアンにも一言忠告した。
「私たちの霊層以上の存在には、心の声は丸聞こえです」
「そう」
ダルレシアンの頭脳の中で、神業的に今までのデータの数値が変化を遂げた。
「ですから、全てを思い浮かべない方法を探してください。可能性の数値は低い高いなどの曖昧なものにする。物事は――」
「指示語を使う?」
漆黒の長い髪を指先でつうっとすくように引っ張りながら、ダルレシアンは春風のように微笑んでいた。
「えぇ」
今までにない心地よさを、崇剛は痛感していた。メシアを持っているからなのか、思考回路が同じだからなのか。
生き残れたとしたら、どんなに面白味のある生活になるのだろう。あの広い屋敷で送る、少し退屈な日常に終止符が打たれるかもしれない。
それを叶えるためにも、この戦いは何としても勝たなければと、崇剛は強く思うのだった。




