Before the battle/7
「五月二日、月曜日。十時一分十二秒以降に、ラジュ天使はこちらのようにおっしゃいました――」
遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声は、凛とした澄んだ女性的なものに変わった。
「そろそろ私は行かないと、相手に怪しまれますね〜」
すぐさま、崇剛の瞳は冷静なものに戻って、
「正神界には結界が張ってあります。ですから、相手――邪神界に怪しまれるという可能性は出てきません」
今も守られている旧聖堂で、水色の瞳はついっと細められた。
「しかしながら、事実として出てきています。こちらが発生するためには、ラジュ天使は邪神界側にいたという可能性が非常に高くなります。従って、ラジュ天使は邪神界の者になった振りをしていた――」
味方ではあったものの、ラジュはやはりスパイ役だった。
「そのため、長い間不在にせざるを負えなかったのです。私たちの元へきている時は、邪神界側へ正神界をスパイしているように見せかけて、こちらへきていたのではありませんか?」
優雅な微笑みを受けて、ラジュは手に持っていたハンドベルをチリチリ〜ンと鳴らした。
「正解です〜」
今もニコニコの笑みは健在だった。崇剛とは以心伝心の守護天使は、さっき同行することになったダルレシアンの様子をうかがう。
だがしかし、
情報収集の途中で、彼が意見をしてくる気配はなく、それが話を理解しているという無言の合図でもあった。
「他にはありますか〜?」
崇剛は話し足りないというように、「えぇ」と短くうなずいて、「相手に情報を漏洩させる役目は、ラジュ天使が一番の適任者なのです――」
不浄なる聖堂の空気を浄化するように、崇剛を囲む天使たちも黙って続きを聞いた。
「なぜなら、負ける――失敗する可能性の高いものを選ぶという傾向が非常に高いです。他の方が情報を漏洩させても、邪神界側が怪しむという可能性が高くなってしまいます。ですが、ラジュ天使が情報を漏洩させても、敵に作戦だと気づかれる心配が減るというわけです。ですから、ラジュ天使だったのです」
何もかもが事実と可能性で、崇剛の中では明確になっていた。
今回の計画の該当者は、今ここにいる天使六人――。
その中でもスパイに適任だったのがラジュだった。
ただ、ナールがここにいる理由を、崇剛は見つけ出せずにいた。その疑問は置き去りのままで、確定されず質問は繰り越される。
「それでは、次の問題です。私は何の情報を漏洩させたのでしょうか?」
不確定要素が確定へと近づく予感を覚え、崇剛の心が震える。後れ毛を神経質な指で耳にかけながら、優雅に微笑んだ。
「私とダルレシアン――メシア保有者同士が地上で出会うという情報『だけ』です」
「なぜ、わざと漏洩させたでしょうか?」
デジタルな頭脳の中で、この世界の情勢が必要なデータとして、一番前に浮かびあった。
「敵の数はこちらの十倍です。従って、まともに当たっては勝てるという可能性が非常に低いです」
これは文字通り聖戦争で、敵をよく知らなければ、無駄死にをするだけだ。
崇剛の脳裏に今度は、聖霊寮の応接セットで、国立が言ってきた言葉が蘇った。
「邪神界の一番上――大魔王――ヤン ダリルバッハは聡明な方です。ですから、メシア保有者同士が出会うという出来事のためだけに、全軍を投入してくるという可能性は非常に低いです。従って、邪神界側を小出しに誘き出し、そちらを叩くという作戦です」
瑠璃色の貴族服を着た線の細い人間の頭上に、白いローブを着た金髪の天使がニコニコの笑みで浮かんでいる。
「しかしながら……」
人間の崇剛でさえ、同時にいくつもの策を平然と張りめぐらせる。神はそのはるか上をいっているのだ。それが当たり前だ。
作戦の全貌はまだ明らかになっておらず、ラジュは「えぇ」と先を促した。
「それさえも囮でした。ラジュ天使がおっしゃっていました。五月二日、月曜日。九時五十四分十一秒から十時一分十二秒の間――」
遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声はまた、凛とした澄んだ女性的なものへ変わった。
「あちらは囮みたいなものですからね、うふふふっ」




