Before the battle/5
「ちょうど目の前で切れたっす。なかなかないんすよ? トカゲのしっぽ――」
「ひゃっ……!」
妙な声をもらしたシズキに、全員の視線が一斉に向けられた。
「?」
黒く紐状の冷たいものを、毒に侵されたように慌てて投げ捨て、
「ひっ、ひゃあああ〜〜っ!」
雑木林どころか天まで突き抜けるような、シズキの悲鳴が轟いた。
さっきからやり取りを黙って見ていたカミエが、あきれたようにため息をつく。
「アドスまた、シズキに渡すな」
「シズキ、昔から潔癖症だからね。汚れんのやなの」
ナールはしゃがみ込んで、トカゲのしっぽをあちこちから眺めた。
「それにしても、これ、マジですごいね。初めて見たよ、運命感じるね」
ラジュは人差し指をこめかみに突き立てて、顔を珍しくしかめる。
「困りましたね〜。人員がひとり減ってしまいます〜」
さっきまであんなに落ち着いていて、俺様で完璧だったシズキ。銀の髪を激しく揺らす、手のひらから全身に毒が回っていくことに耐えられないように。
「……が、我慢できない……」
スミレ色の両目があらわになったことなどどうでもよく、
「俺のこの神聖な手に動物の死骸が触れるなど!」
その場で左右に回って戻るを、忙しなく繰り返しながら、
「で、出直さないと……こ、このままじゃ……お、思い出したくもない、とてもじゃないが神の意志をまっとう出来ない……」
「一分で戻ってきてくださいね〜? 戦いに間に合わなくなります」
ラジュが忠告すると、シズキはすうっと消え去った。天界へ戻り、全身を綺麗に洗うために。
「面白い天使だちだね」
ダルレシアンは春風のようにふんわりと微笑んで、
「難儀な性格じゃの」
唯一女性である瑠璃の声が響くと、旧聖堂の中へ全員入っていった。
*
昼間なのに異様なほど薄暗い旧聖堂。
壁掛けの燭台は全て壊れ、埃の妖精があたりをうろついていた。
いつもはひとりやふたり浮遊霊がいるのに、まるで何か大きな力に怯えるようにひっそりと息を潜めていた。
白く濁った大理石の上で参列席たちは、崩れ落ちた天井であちこち行き止まりになっている。身廊の奥にある祭壇もステンドグラスも、長い年月の放置の末に神聖も荘厳も死語だった。
そこに、八名の様々な人々が、それぞれの出立で顔をそろえていた。
崇剛 ラハイアット。
壊れかけた古い木のすぐ前にある身廊に、細身をさらに強調させるように、足を左右にクロスさせる寸前のポーズで佇んでいた。
優雅に微笑んでいたが、冷静な水色の瞳はいつにも増して、瞬間凍結させるような猛吹雪のように冷たい。
その隣には、ダルレシアン ラハイアット。
漆黒の長い髪を頭高くで結い上げ、縄状の金の髪飾りが勇しくありながら、クール。
聡明な瑠璃紺色の瞳は、崇剛と同じように世界の果てまでも凍らせそうだが、春風のようにふんわりとした微笑みが、策士らしくつかみどころがない。
人がふたり――。
瑠璃 ラハイアット。
白と朱を基調にした巫女服ドレス。白いブーツのかかとをそろえ、片足にだけ体重をかける。漆黒の長い髪は、霊界を時折り吹いてくる風に静かに揺れていた。
あどけなさを感じさせる少し丸みの帯びた頬だが、百年の重みがより一層深い。 幽霊がひとり――。
そうして、彼らの上空に天使が六人――。
カミエ。
深緑の短髪。無感情、無動のカーキ色の切れ長な瞳を持つカミエ。上から吊るされているようにすうっと立ち、風にはためいている真っ白な袴姿だけが唯一動いている――絶対不動。
シズキ。
綺麗に整え直してきた銀の長い前髪に、右目だけがいつも通り隠れていた。重厚感があるが、白いロングコートの裾が風で揺れるたび、見え隠れするロングブーツ。
完璧と言わんばかりに、足を左右にクロスさせ、腹のあたりで組んでいる細い両腕。
ナール。
山吹色のボブ髪の隙間から見える、印象的な赤い目。白いジャケットに細身のズボン。フラットシューズ。
生命というものが感じられない、無機質な天使はナルシスト的に微笑む。それなのに、全ての人々を平伏させるような威圧感が、神羅万象の皇帝みたいだった。




