Before the battle/2
千里眼のメシアを持っているのだろうとだけ聞かれたが、罠にはまるばかりでは面白くない。霊視した男の名をおまけで返してやった。
「ふ〜ん、正解《せ〜か〜い》!」
ダルレシアンはそう言って、崇剛にがばっと抱きついた。
外国式の挨拶なのか、男色家なのか。判断するにはまだ情報は少なすぎる。
崇剛はすぐに体を離して、さっきから心の中で、シズキに審神者をしてもらっていた、確定事項を流暢に告げ始めた。
「ミズリー教の教祖であり、ラハイアット家の末裔。魔導師のメシア保有者。そうして、シュトライツ王家滅亡の首謀者――」
そこで、崇剛は言葉をいったん止め、氷の刃と言われる冷静な瞳で、ダルレシアンを凝視した。
彼の雰囲気は相変わらずで、春風みたいにふんわりと微笑む。
「それも、千里眼で見たの?」
「そうかもしれませんね」
曖昧な返事を返しはしたが、話の流れは今は、ダルレシアンに持っていかれている。その点を気をつけつつ、崇剛は教祖の反応を待った。
「首謀者――。誰もボクのことはそう言わなかったけれど、キミはそう言うんだね」
とぼけるつもりか――。
「あなたの策はそれほど完璧に近かったのかもしれませんね」
この男は確信がない限り、憶測で物を言う人間ではない。
そうして、ダルレシアンが何度も夢の中で口にしていた言葉が、湿った春の空気ににじんだ。
「Why do you think so?/どうして、そう思うの?」
崇剛は導き出した可能性を使って、ダルレシアンをチェックメイトしようとする。
自身が同じ立場で、目的がシュトライツ王族の滅亡なら、こうしていたと――
「――お前たち、そこまでよ? お互い探んないの」
あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の男の声が突如響いた。崇剛とダルレシアンとの間に、人影がふと立った。
冷静な水色の瞳と聡明な瑠璃紺色の瞳に映ったのは、すらっと背が高く、彫りの深い顔立ちをした男――いや、正確には天使だった。
赤い目はこっちへは向かず、銀の長い前髪へとやられる。
「お前、時間ないって説明しなかったの?」
「そのセリフ、そのままそっくり貴様に返してやる」
超不機嫌がで答えたシズキだったが、山吹色のボブ髪をした天使はナルシスト的に微笑んだ。
「何? お前。今日、機嫌いいじゃん?」
他の人間には、かなり不機嫌に映っていたが、どうやら違うようだった。
シズキはロングブーツの足をクロスさせ、鼻でバカにしたように笑う。
「ふんっ! いつもと一緒だ」
そこへ、聖女が割って入ってきて、
「さっき、崇剛と夫婦みたいに仲睦まじくやっておったからの」
ナールは驚くわけでもなく、無機質に短くうなずいて、
「そう。いいんじゃん? お前らしいよ。人間の男好きになるなんてさ」
性別関係なくスルーしようとした。
しかし、当の本人――シズキは表情どころか、指先ひとつも動かさず、終始無言――いや、ノーリアクションで、
「…………」
シズキが今何を思っているのか、誰にも判断しかねていたが、ナールがナンパするように軽薄に通訳した。
「男だって気にしてなかった?」
自分の性癖を、感性という名のボケで軽く追い越していった、シズキだった。
崇剛は素早く手の甲を唇に当てて、くすくす笑い出した。今となっては、以心伝心だったのかさえも、疑問である。
瑠璃は何とも言えぬ、奇妙な表情で、崇剛の肩が小刻みに揺れているのを眺めた。
「確かに、崇剛は男の子らしくはないがの、女と間違えるとはの……」
声しか聞こえないダルレシアンは、上品に笑っている崇剛へかがみ込む。
「ナールの他に誰がいるの?」
「シズキ天使と私を守護している霊の瑠璃です」
「瑠璃ちゃんは女の子?」
声色だけで判断するとなると、やはり少女のものは際立つのだった。
「えぇ、生前八歳で亡くなりましたが、百年生きていますので、実際は――」
「百八じゃ。見た目は幼子のままじゃがの」
聖女自身が言葉を引き継いだが、ダルレシアンはさっきまでとは違って、甘ったるい声でちょっとふざけた風に言った。
「残念《ざ〜んね〜ん》! ボク、大人にしか興味ないんだよなぁ〜」
やけに浮き彫りになった、ダルレシアンの言葉――。




