天使が訪れる時/13
天使と守護霊との会話を終えて、滞っていた浄化の話がまた進み出した。崇剛の優雅な声がこの世で響く。
「もう終わりましたから、目を開けていただいて構いませんよ」
「あぁ、はい」
痛みも何も感じなかったが、肩に入っていた力を、元は抜いた。目を開けて、どんな患者も必ず口にする質問を投げかけた。
「地獄に行ったあと、私の人生はどうなるんでしょう?」
優雅な笑みで真実を隠しながら、隣に立っているシズキに、霊界のルールを知っている聖霊師は心の中で確認を取った。
「伝えてよろしいのですか?」
「こいつには無理だ。言ったら、貴様のその冷静な頭脳をフロンティアで打ち抜いてやる。錯乱して、肉体が自殺するだけだ」
はるか未来を見ることができる天使からの警告。
「そうですか」崇剛はただの相づちを打ち、嘘を考える。どんな質問を受けても、隠し通せる嘘を。
「そうですね? こうしましょうか」
相手を守るための嘘を、崇剛は平然とついた。
「こちらからは、寝ている間に魂が抜け出し、地獄で罪を償うを一生かけて繰り返します。天に召されたあとは、残っている罪をそのまま地獄で償います」
聖霊師の心のうちには、耐えがたい真実が隠されていた。
残念ながら、あなたの魂は今すぐ抜けて、地獄へと落ちます。
罪を償っていない以上、生まれ変わることは赦されていません。
霊界は非常に厳しい場所です。
魂の有無が肉体の生死ではありません。
魂の入っていない肉体はよくあります。
肉体が死したあと、あなたという人間は存在しなかったということになります。
霊層がある一定以上にならないと、存在することが赦されていません。
ですから、長い輪廻転生の中で、過去へとさかのぼり、条件を満たした時の名前と姿形に変わります。
神が作ったルールである以上、従うしかないのだ。ちょっとぐらいという甘さが、悪につけ入られる隙を作ってしまうのだ。だからこそ、措置は厳しいのだ。
崇剛は組んでいた足を床へ両方ともきちんとつけ、姿勢を正し何かを待った。
魂が抜けて、自身の意思はなくなります。
ですが、神は本人が考えているように見せかけ、肉体を動かすのです。
他の方々のために――
元の頭上に、白い光がスポットライトのように差してきた。
崇剛、瑠璃、シズキの見ている前で、元の肉体から霊体――魂が抜け、見る見るうちに天高くへ上がり、とうとう見えなくなった。正神界へ無事に成仏し、地獄行きとなった。
空っぽになった肉体の後ろに、真っ白な男がまだひとり残っていた。額には三角の白い布をつけている。
崇剛の冷静な水色の瞳は、シズキの鋭利なスミレ色の瞳へ向けられた。
「正式な守護霊ではありませんが、あちらの方はどうされるのですか?」
聖霊師はわかっていた。あれは、元の祖父だと。
しかし、天使は怒りで可愛らしい顔を歪めていた。
「人の人生を導くのに、貴様のような公私混同する親族など必要ないだろう」
偽物の守護霊は急におどおどし始めた。
「貴様が勝手に守護霊についたお陰で、あいつは改心することもできず、罪を無駄に重ねて地獄へと落ちた」
「ど、どうか、お許しを!」
男は床に崩れ落ち、天使にすがりつくように手を伸ばそうとした。
シズキはさっと別の場所へ瞬間移動をして、霊に触られたブーツが穢れたみたいに、綺麗に指先で拭った。
「人の人生を狂わせておいて許せとは、貴様どういうつもりだ? 貴様も同様、今の存在は抹消される。ありがたく思え」
シズキが片手を上げると、ロングコートの裾が少しだけ持ち上がった。偽物の守護霊の霊体が宙へ浮かぶ。
「ひい〜っ!」
「人に憑く呪縛霊だ! 成仏もせず地上をうろついた罪を思い知るがいい。貴様も地獄へ落ちろ!」
フロンティア シックス シューターはレッグホルスターからすっと抜き取られると、感情で動き子孫を苦しめた偽物の守護霊――呪縛霊に銃口を向けた。
スバーンッ!
容赦なく銃弾を打ち込み、その勢いに乗って、真っ白な霊体は空高くへ登って消え去った。
今ここにいるのは、崇剛、瑠璃、シズキだけになった。そうして、肉体――魂の入っていない入れ物がひとつだけ余っている。
恩田 元と名前のつけられた肉体は、今起きたことを健在意識ではまったく理解していなかった。




