天使が訪れる時/11
超不機嫌だが綺麗な顔立ちの前で、横向きに構えられていた天使の聖なる銃――フロンティア シックス シューターは役目を終え、シズキの手で太ももの外側にある、レッグホルスターに慣れた感じでしまわれた。
「全員、そうしている。改めて聞くとは――!」
態度デカデカで言っていたが、何かに気づいたようで、天使は言葉を途中で止めた。
喧嘩している猫みたいな声で、いつも浄化している金髪天使を思い出して、聖女は不思議そうな顔をする。
「ラジュは持っておらぬであろう? 百年も一緒におるがの、武器など使ってるのは見たことがあらぬ」
発砲の衝動で乱れた髪を、シズキは神経質に綺麗に整えながら、
「天使は全員、武器の所持が義務付けられている。当然、やつも持っている。貴様らだけだ、知らないのは。これだけ邪神界が力を増してきているのに、持っていなかったら、すぐに犬死にだ」
「なぜ、ラジュは使わんのじゃ?」
聖女の小さな口から当然の疑問が出てきた。
崇剛の冷静な水色の瞳は少しだけ陰った。
負けることが大好きな天使がラジュだが、頭は非常にいい。神に仕えている身では失敗は許されないだろう。
そうなると、何か特別な理由がある。その可能性が浮かんでしまって、崇剛は紡ぐ言葉を見つけ出せなかった。
「…………」
シズキは二百二十五センチの長身で、八歳の瑠璃を上から、鋭利なスミレ色の瞳でにらみつけた。
「守護される側の貴様が心配するとは、守護霊のガキ、身分をわきまえるがいい」
超不機嫌天使は、あのニコニコとしている男を思う。
(ラジュは邪神界ができる前から生きている。天使にもそれぞれ人生がある。聞いてやるな)
瑠璃の若草色の瞳は、崇剛とシズキを交互に見ていたが、それ以上は追求しなかった。
崇剛の瑠璃色の上着は再び椅子にエレガントに腰掛け、冷静な頭脳の持ち主から、天使へ策略家らしい話がふられた。
「シズキ天使?」
「何だ? 貴様も、ラジュの心配か?」
「いいえ」と、崇剛は言って、
「先ほどの『消滅して、俺の前に跪くがいい』ですが、そちらの言葉で間違っておられませんか?」
予測ははずれたが、そんなことはどこ吹く風で、シズキは腕組みをして、ナルシスト的にポーズを決めた。
「俺にそんなに構って欲しいのか? 許可してやってもいい」
「ですから、許しは乞うていません」
さっきとまるっきり同じやりとりがリピートされ、シズキは何とも気まずそうに、崇剛に視線だけをチラチラと向けながら、
「……き、聞いてやる、感謝しろ。何だ?」
そうして、会話の順番も内容も覚えている、デジタルな頭脳を持つ人間から、重箱の隅をつつくような指摘がやってきた。
「消滅したあとでは、跪くことは出来ませんが、不可能なことをおっしゃっているみたいでしたので、うかがったのですが?」
やけにトゲのある言い方だった。
天使の怒りは最高潮になり、火山が噴火したみたいに、天ヘスカーンと抜けるように怒鳴り散らした。
「貴様も跡形もなく消滅させてやる、ありがたく思え!」
シズキの射殺しそうな視線を、崇剛は神経質な頬で、顔色ひとつ変えず――クールに受け止めた。
「えぇ、構いませんよ」
売り言葉に買い言葉――。
銀の長い前髪で隠れている片目だけでも、人ひとり簡単に殺せそうな鋭利なスミレ色の瞳。
「今度は本気だ。俺を怒らせたら、どうなるか思い知るがいい」
ゆっくりとうなるように、シズキが言った。
優雅な笑みは崇剛からいつのにか消えていた。一瞬にして氷河期にするような、ひどく冷たい声が、この世の者を全て震え上がらせるように響き渡る。
「そうですか。受けて立ちしましょう」
天使と人間が果し合いという殺気立った場面になってしまった――。
お互いの武器に手をかけ、男ふたりの間に張り詰めた空気が広がる。瑠璃はその隣で、どこから持ってきたのか、玉露の入った湯呑みをかたむけ、ズズーッと音を立てながら、素知らぬ振りでのんびりとすすった。




