天使が訪れる時/6
――崇剛の意識は診療室の秋風の中へ戻ってきた。
恩田さんと出会うために、涼介と瞬は出発の時刻が遅れたのかもしれませんね。
瞬は霊層が十段です。
子供の澄んだ心に出会い、改心する方はたくさんいらっしゃいます。
元はまだ少し口の中に残っていたクッキーの甘さを噛みしめながら、なおも続けた。
「それから、こう言ってました。先生が誰かの幸せになることをすると、自分も幸せになれると」
「そうですか」
崇剛は優雅に相づちを打ち、今度は夏の蝉時雨を思い浮かべた。
去年の七月十九日、日曜日、十五時二十七分十六秒に、私が瞬に伝えたものです。
今へとつながるように、神が私を通して彼に伝えさせたのかもしれませんね。
私たちは全員、神の元でつながっているのかもしれません。
見た目は相変わらず七十代のようだったが、傲慢という言葉は息を潜めていた。
聖霊師はすぐそばの宙に浮かんでいる聖女に、心の中で問いかける。
「瑠璃さん、いかがですか? 私はよいと判断しますが……」
「浄化しても、もう邪神界には戻らぬ」
「そうですか」
優雅な声が霊界で響くと、今度は診療室にはっきりと漂った。
「恩田さん、それでは、魂を浄化しましょうか」
「お願いします」
元が丁寧に頭を下げると、
「その前に少しお話があります」
浄化の仕組みについて、千里眼の持ち主はきちんと説明し始めた。
「私たち人間にはひとりにつき必ず、守護霊、守護天使、守護神の三人が正式についています」
「はい」
見えない存在の話を、元は素直に受け入られるようになっていた。茶色のロングブーツはスマートに組み替えられる。
「魂の浄化をするのは、天使以上の存在でないとできません。人間である私は引き剥がすことしかできないのです」
「霊感とは違うんですか?」
「私の霊感は神から与えられた千里眼です。そちらは見聞きすることはできますが、魂の浄化の力はありません」
「俺――じゃなくて、私には誰かがついてるんですか?」
聖霊師の視界には、元のすぐ隣に白い人影が映っていたが、崇剛は首を横へゆっくり振った。
「残念ながら、正式な方はどなたもついていません」
「そうですか」
元は心細さを覚えたが、悪へ降った結果だと、真正面からしっかりと受け止めた。
千里眼の持ち主はさっきから、診療室のあちこち、さらには屋敷の隅々まで、天使がいないが探していたが、
「今現在、天使以上の存在が降臨されていません」
混乱が起きているだろう、シュトライツ王国に出払っていて、これないのかもしれなかった。
物事が大きく動いていて、しかも囮となると、敵の目を惹きつけるために、天使がシュトライツから動けないのだろう。
「それじゃ、今日は……?」
元は出直しかと思い、落胆した。
聖霊師は膨大な量の情報を冷静な頭脳に流しながら、
ラジュ天使が降臨するという可能性は0.12%――
ですが、恩田 元が改心することになると、瑠璃も知っていました。
従って、天使以上の存在も知っているという可能性が99.99%――
ですから、何らかの対処がされているという可能性が99.99%です。
崇剛はこの言葉を選び取った。
「少し待ってみましょう」
「わかりました」
元がうなずくと、診療室はそれきり静かになった。
人間がふたり。
幽霊がひとり。
紅葉するにはまだ早い、樫の木や花々の景色が広がる窓と、崇剛の机にあるブックエンドに挟まれた本たちの間。
風がひと吹きすると――、
物理的な法則を無視して、聖なる光を放つ全身白の服装をした人が、そこへ静かにすうっと現れた。
純白のロングコートは足首まで隠す長さ。生地をわざとギザギザに切り取ってある、ファッション性重視。
第二ボタン――胸の位置までしかボタンはかけられていない。風が吹くたびコートがマントのようになびき、中に着ている服があらわになった。
シャツの裾はスパイダー模様のレース。足元はヒールつきの膝までのロングブーツ。ベルトのバックルのようなものがいくつも横並びについている――いわゆるゴスパンク系ファッションだった。




