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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
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天使が訪れる時/5

 元の外見はそれほど変わっていなかったが、以前のようなギラギラとし、己優先という気配はどこにもなかった。


 杖が体の異変を大きく物語っていて、シャツはグシャグシャで汗で濡れており、額もびっしょりだった。


「歩いていらっしゃったのですか?」


「はい」元は静かにうなずいて、崇剛の冷静な水色の瞳を見つめ返し、「先日は、失礼なことを言って、大変申し訳ありませんでした」白髪頭を丁寧に深々と下げた。


 崇剛は優雅に首を横に振り、優しく言葉を告げた。


「いいのですよ。神の元へ戻る決心をされたのですね?」


 この男は神の御心に気つけるほどになったのだと、崇剛は思った。神はいつだって、手を差し伸べている。しかし、それをつかむかどうかは、本人次第なのだ。


「はい……あ、あの……」


 元の脳裏に半年前から今までの様々な出来事がよぎり始め、ボロボロと急に泣き出した。


「……う、うぅ……! あ、あの……ひっく!」


 それでも何とか聖霊師へ伝えたくて、賢明に話そうとする姿は、滑稽でも何でもなく、尊く美しいものだった。


「どうしても伝えたいのですね?」


 遊線が螺旋を描く優雅な声が優しければ優しいほど、元は泣くことを止めることができず、呼吸がひきつってしまう。


「は……い、っ!」


 自分で手を伸ばしたいのに感情に流され、伸ばせない患者へ、メシア保有者が救いの言葉を送った。


「それでは、私が千里眼を使って見ましょう」

「おっ……お願い……ひっく! しま……すっ!」


 元は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、やっとそれだけ伝えた。プライベートを見られる人へ、崇剛は一言断りを入れる。


「それでは、前回会った時――五月二日、月曜日から、本日――十月十九日、水曜日のこちらへくるまでのみを見ます。よろしいですか?」

「は……はい」


 元が小さな声で返事を返すと、診療室はそれきり静かになった。


 金木犀の香りが紺の後れ毛をサラサラと揺らし、霊界でも同じ風が吹いて、瑠璃の漆黒の髪がするすると巫女服ドレスをなでた。


 崇剛の冷静な頭脳の中で、様々な出来事がまるで映画でも見ているように、次から次へと再生さてゆく。


 庭崎市の中心街で子供からクッキーをもらい、ベルダージュ荘のある丘を杖をついて、誰の力も借りずひとりで懸命に登ってくる元が屋敷の門までたどり着いた。


「――もう終わりましたよ」


 遊線が螺旋を描くようで、芯のある優雅な声が診療室に舞った。


 破産。

 左足の損傷。

 治すことのできない病気。

 まわりの人々の死……。


 座り心地のよい椅子の肘掛けにもたれて、ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンを神経質な顔の前に寄せている崇剛。


 彼の象徴と言っても過言ではない青の前で、少し落ち着きてきた元はまだ言葉に突っかかりながらも懸命に訴えかけた。


「だっ、誰も自分のことに見向きもしなくなって、このまま死んでもいいと思ってたんです。でっ、ですが、小さな子供がクッキーをくれたんです。こんな自分でもまだ、誰かが見てくれるのだと気づいたんです。だっ、だから、もう一度やり直そうと思って、ここにきたんです」


 千里眼の向こうでは、元の数値がはっきりと浮かび上がったいた。


 霊層が三百八十段まで上がっています。

 四百九十五段から上がるには、相当辛い厄落としがあったはずです。


 人の人生を誰よりも多く見てきた、聖霊師でヒーラーで神父の崇剛は、労いの言葉をかけた。


「お辛い想いをたくさんされましたね」

「は……はい……っ!」


 自身の気持ちを理解してもらえたことに、元は感動してまた泣き出した。


 全てが今この時だった――。それを人は運命や偶然とも呼ぶ。しかしそれは、聖霊師で神父の崇剛は違う角度で捉えていた。


 茶色のロングブーツをスマートに組み替える。


「相手が話す言葉は、全て神がその人に言わせているのです。そちらの子供は神からの遣い――天使だったのかもしれませんね」

 

 いつの間にか――屋敷の主人は一階の廊下に立っていた。食堂から涼介がぶつぶつと言いながら出てくる。


「どこにいったんだ? 本当に。買い物のメモ、キッチンに置いたままにしてたと思ったが……」

「パパ? 見つからないの」


 外出用の服に着替えた瞬が、涼介の足元をうろつく。


「ん〜? 時間のロスだな」

「どこかにかみさまがかくしたのかも」

「神さまが?」

「せんせいがいってた。いみ? があるって」


 そっと見守っていた崇剛だったが、瞬に見つかってしまった。


「せんせい、そうだよね?」

「えぇ、そうかもしれませんね。予定していた時刻より遅く出かけたほうが、いいことが起きるのかもしれませんよ」

「ね? パパ」


 いつも通りの主人と子供にのんびりしろと提案されたが、涼介は下から火で炙られるような焦燥感から逃れることはできなかった。


「いや、遅くなると……」


 執事はその後もあちこち探していたが、千里眼の持ち主に、金色の流れ星のようなものが屋敷に入ってくるのが見えた。すると、


「あった! レピシノートの下に隠れてた」

「よかった」

「よし、瞬行くぞ」

「うんっ!」


 崇剛に見送られて、乙葉親子はベルダージュ荘から出ていった。

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