Nightmare/10
涼介が座り直すと、崇剛はまた流暢に話し始めた。
「どうして、急にわからなくなったんだ?」
「知りたいの?」
「わかる言葉で答えろ」
「どうして、最初にそう聞かなかったの?」
精巧な頭脳の中で、淡いピンクの光が部屋に飛び回る。
「ん? 何をしてる?」
「何が起きたと思う?」
「何が起きたんだ?」
「全ては可能性の問題かも?」
「全ては可能性?」
「まだ気づかないの?」
「何に気づかないんだ?」
「ボクの態度が最初からおかしいって」
「お前の態度が最初からおかしい?」
「拘束!」
「んっ! んんっ! う、動けない……」
「今度は気づいた? 何が起きてると思う?」
ど、どうなってるんだ――と、夢の中で戸惑う涼介を尻目に、男はトドメの言葉を突きつけた。
「もし、ボクが敵だったら、どうするつもりだったの? キミはボクに殺される……『かも』?」
崇剛は組んでいた足をといて、後れ毛を耳にかけた。
「以上です」
涼介は毒気を抜かれたような顔をした。
「終わりか? 『かも』? 何だかよくわからない会話だな。どういうことだ? 意味はなかったのか?」
「…………」
崇剛は中性的な唇に神経質な手の甲をつけて、くすくす笑い出した。そうして、肩を小刻みに揺らして、とうとう何も言えなくなって、彼なりの大爆笑を始めた。
「お前がどうしてそんなに笑ってるのかも、よくわからない……」
不思議そうな顔で、執事は主人の笑いが収まるのを眺めていた。
しばらくして、聖堂の中に神聖な空気が再び戻ってきた。涼介は崇剛の横顔に問いかける。
「夢に意味があるって、前に話してたよな?」
「夢占いですね?」
スピリチュアル関係のことは、崇剛の冷静な頭脳の中に全て記憶されていると言っても過言ではなかった。
「俺が今朝見たのって、どういう意味だ?」
「そうですね……?」
神経質な指はあごに当てられて、関連のあるデータをざっと土砂降りのように振らせ、崇剛は優雅に微笑んだ。
「そのままの意味ではないのですか?」
「そのまま?」
「えぇ」と短くうなずき、
「涼介には直感――天啓を受けるという傾向が強くあります。ですから、未来の出来事、予知夢であるという可能性が非常に高いですよ」崇剛は理論的に解析した。
涼介は血の気が去ってゆき、
「それって……俺はBLになるってことか!?!?」
執事の落ち着きのない声が聖堂に響き渡った。崇剛はくすりと笑って、
「そちらの意味で取るのですか? 自ら進んで罠にはまるのですね、涼介は」
「他にどんな意味があるんだ? 俺はストレートでいられるのか?」
感情という波に揺られている涼介はと違って、崇剛はどこまでも冷静だった。
「夢の中の人物と、これから実際に会うという意味ではないのですか?」
「あぁ、そっちか……よかった。ん?」
胸をなで下ろしかけたが、涼介は一抹の不安を覚えた。
「よかったのか? 本当に……?」
再生はしたくはないが、もう一度夢をなぞってみた。
「それって……俺が狙われるってこと……!?」
思わす息を飲み込んだ執事に、主人はこんなことをつけ加えた。
「しかしながら、彼が男色家であるという可能性がないとは言えませんね」
そうして、主人と執事で一悶着始まる。
「お、お前また、そうやって罠張って!」
「張ってなどいませんよ。彼も言っていた通り、あくまでも可能性の話ですよ。可能性がないのでしたら、予知夢でも出てこないと思いますが、違いますか?」
涼介は思う。人の反応を面白がって――。
「や、止め、止めだ、考えるのは。夜に眠れなくなる!」
青い光の海の中で、ふたりの会話だけが水しぶきを上げているようにささくれだっていた。




