Nightmare/4
そのあとを大人の長い足で、崇剛は足早に追っていくと、祭壇から二列目の参列席に、いつも見慣れている執事の大きな背中があった。
走り寄ってきた息子に気づき、父は真正面から振り返った。
「……あ、あぁ。崇剛? 瞬が呼びにいったのか?」
「うん」
茶色のロングブーツは瞬のすぐ後ろで止まった。
「どうかしたのですか?」
そう聞く主人の胸の内は、
(あなたが教会へくるのは、私に用がある時だけでした、今まで。おかしいです)
執事は主人と違って、神父でも信心深い性格でもなかった。いつもはつらつとしている涼介のベビーブルーの瞳は陰りがあった。
「あぁ……それなんだが……」
白いホワイトジーンズをギュッとつかんでいる息子に視線を向け、父は戸惑う。
(誰にも相談できなくてな。内容が内容だけに……)
執事はそれっきり黙ってしまった。主人はあごに手を当て、涼介の態度を元に模索する。
(瞬がいると話ができない内容みたいです。そうですね、こうしましょうか)
神父が小さな子供の前でかがむと、紺の髪が肩からターコイズブルーの細いリボンと一緒に子供の頭の上に降ってきた。
「瞬? 私があなたのパパのことを治します。ですが、約束をひとつしてくれますか?」
主人は解決するために、子供に嘘をつくことを心の中で懺悔した。瞬はそれに気づくことなく、不思議そうな顔をする。
「やくそく?」
「えぇ、そちらが守れないと、みんなが困ってしまうかもしれません」
純真無垢という宇宙が広がる小さなベビーブルーの瞳と、冷静な水色のそれは縦の線を描いてぶつかった。
(瞬も私も困ります。涼介自身もです。さらに、他の使用人や召使いもです。なぜなら、涼介は執事なのですから)
瞬は元気よく右手を上げた。
「まもる!」
策略的な主人は小さな住人の前へしゃがみ込み、同じ目線になって、みんなが幸せになる罠を仕掛けた。
「それでは、これから私が言うことを、きちんと聞いてください」
「わかった」
「教会から外へ出て、最初に会った人にこちらのように言ってください」
屋敷の者への伝言――
流暢に話す崇剛の言葉に、小さな子供は少しついていけなくなりそうになった。
「ん……?」
瞬はまぶたをパチパチと瞬かせた。
「あなたと遊ぶように、私が言っていたと。わかりましたか?」
「んー?」
頭をフル回転させている瞬を今も見ている、崇剛は優雅に微笑んでいた。
(私からの命令です、あなたと遊ぶように。涼介との話が終わるまで、他のどなたかに見ていてもらってください。子供ひとり放っておくわけにはいきませんからね)
瞬は自分の腕に反対の肘を乗せて、頬を手の甲に当て少し考えた。
「えっと……ぼくとあそんでって、せんせいがいってた?」
「そうです」崇剛はいつもと違い、本当に優しく微笑んで、小さな天使の頭をなでた。
「よくわかりましたね。ひとりで言えますか?」
「はーい!」
遊びという楽しみに惹かれ、瞬は右手を大きく上げ、元気よく返事をした。
「それでは、遊んできてください」
「わかったー!」瞬は無邪気に微笑み、手を大きく振る。「パパ、はやく、げんきになってね」
聖堂からパタパタと走り出て行った瞬。ドアを開けっ放しで出ていってしまった。茶色のロングブーツは足早に身廊を戻りながら、
「あなたが遊びに飽きてしまう前に、何とか解決しなくてはいけませんね」
ドアをきちんと閉めて、祭壇近くの席へ再び戻ってきた。
茶色のロングブーツを身廊に残すように横向きで座り、主人は神経質な横顔を執事へ見せる形を取った。
静かになった聖堂の高い天井まで届くように、遊線が螺旋を描く優雅な声が響き渡る。
「昨夜から今朝にかけて、何かがあったのですね?」
知らないはずの主人に言い当てられたと思って、執事は少しだけ目を大きくした。
「どうして、わかったんだ?」
今のは軽い罠で、涼介自身が認めた形になっていた。崇剛は理論的に流暢に言葉を紡ぐ。
「昨夜、眠る前はあなたの様子はおかしくありませんでした。ですが、今朝から様子がおかしくなりました。そちらは、眠っている間に何かあったという可能性が非常に高くなります。違いますか?」
感覚人間――執事は何とか理論武装の主人の話についていき、納得の声を上げた。
「あ、あぁ……そういうことか。お前の考え方って難しいけど、簡単に当てられるんだな、俺が言わなくても……」
今初めて、冷静な水色の瞳は、執事の素直で正直なベビーブルーの瞳へ向けられた。




