Karma-因果応報-/10
相手が怒ろうが暴れようが、恐れという激情を、冷静な頭脳で抑え込める崇剛は、無風空間でただ優雅に佇んでいた。
「なぜ、私があなたに嘘をつく必要があるのですか? 他の方のせいにしても、何も変わりませんよ」
「そ、それは……」
(こいつが俺に嘘ついて、何の得があるんだ?)
元の怒りは、崇剛によって瞬間凍結され、椅子の上にストンと体が落ちた。聖霊師は肘掛で頬杖をつく。
「水道から血が出てきた時に聞こえてきた笑い声は、真里さん、霧子さん、涼子さんのものではありませんでしたか?」
彼女たちの生まれ変わった理由から、崇剛は100%に近い予測がついていた。疑問形だと警戒せずに、元は目を大きく見開いただけだった。
「えっ!?」
違うとも言わない。
なぜそれを聞くのかと質問しない。
その言動はすなわち――
崇剛は優雅に微笑み返した。
「『やはり』、そうなのですね?」
「ど、どうして、それを……」
(まだ、言っても思ってもないのに……な、何で知ってるんだ?)
自分しか知らない声色だ。元でさえ、重なり合った三つの声を聞き分けるのは困難だったというのに、この目の前にいる優雅な男は、ピタリと当ててきたのだ。
すでに終了している審神者。必要なデータだけ、崇剛は取り出して、なぜ転落死亡事故が繰り返し起こってしまったのかを、流暢に説明し始めた。
「真里さんは前世では、お鈴さん。霧子さんは前世で、美緒さん。涼子さんは静里さんでした。三人はあなたに辻斬りで殺され恨みを持ち、あなたを悲しませ傷つけるために、わざと三沢岳から転落死したのです。そちらのためだけに生まれ変わったのです。さらに、転落現場を一ミリもズレないようにし、あなたに疑いがかかるように仕向けたのです」
妻は愛してなどいなかったのだ。寝首をかく機会をずっと狙っていたのだ。元はあっけに取られた。
「あいつらは……」
「恨みを持つ相手と心を通じ合わせているように見せかけ、突然死ぬことによって、相手を悲しませるためだけに生まれてきたのです」
相手を嘆き悲しませ、苦しめるだけに、霊的に自殺する人生。あまりにもひどり転生の理由だった。
「そ、そんなの嘘だ。自殺するために生まれてきたなんて、死んだら意味がないじゃないか?」
「邪神界は死んだその日にも、早ければ生まれ変わることができるのです。ですから、死に対しての尊厳を持っていないのかもしれませんね」
それでも、元はどうやっても顔がにやけてしまうのだった。自分は生きていて、相手は死んだ。自分が勝者で、相手が敗者だ――。
(金が入ってきたから、それでいい)
妻が三人も同じ理由で亡くなったというのに、悲しむどころか、保険金の掛金を、あわよくばと思って引き上げる男。
そんな容疑者の末路を、崇剛は予測した。
相手が作戦を変えてくるかもしれませんね。
彼女たちが死んでも、恩田 元には悲しみという感情は生まれないみたいですからね。
夜見二丁目の交差点の女の霊――
彼女は最後、言葉と態度を変えてきました。
助言をした人がいるという可能性が……
ここで一旦思考を停止して、崇剛は瑠璃とラジュの審神者を待ったが、何も返してこなかった。
助言――作戦を変えるよう指示した人がいる。
別の大きな何かが起きていること、恩田 元は少なからずとも関係しています。
従って、天使以上の邪神界の者から指示が出ているという可能性が78.89%――
そうなると、相手が作戦を変えてくるという可能性が98.97%で出てくる。
邪神界でも、天使のレベルにまで登るには、それなりの努力が必要です。
相手を利用していないように見せかけ、実は利用しているという巧妙な策もしてきます。
ですから、今までとは違った出来事が恩田 元に起きるという可能性が98.98%――
ここまでの思考時間、約二秒――。




