Time for thinking/8
他の人間が知らない霊界のルールが、千里眼を持つ聖霊師の中で、強い違和感を抱きながら浮かび上がっていた。
正神界ならば、次に転生するのは約四百年後。
転生するのが早過ぎます。
百五十六人、過去世で人を殺しています。
通常ならば、地獄で罪を償うには、千年以上はかかるという可能性が85.67%――
ですが、転生しています。
こちらから判断できること、そちらは……。
恩田 元が見ている夢は過去世の中でも、前世であるという可能性が78.97%――
三百五十年で転生を可能にするためには……。
邪神界になる必要がある、かもしれない。
崇剛はそこで一呼吸置いたが、桃色の茶器は聖女の口元へ運ばれてゆくだけで、彼女は何も言わなかった――否定しなかった。
そうして今、元は悪へ降った邪神界であると確定した。国立の刑事の勘はやはり鈍っていなかった。
サングリアを唇から体へ招き入れ、柑橘系の香りが癒しをもたらす。グラスをテーブルへ置くと、再び推理は始まった。
先ほど導き出した、邪神界の動き。
三月二十五日から活性化したという可能性は32.82%……。
妙な間が、聖霊師と聖女の間に流れた。崇剛は顔を瑠璃に向けて、彼女がのんびりと玉露を飲む姿を眺めていた。
ズズーッとすする音が雨と混じり、漆黒の髪は小さな手で背中へ払われる。それでも、崇剛は瑠璃の横顔を眺めていた。
聖女は湯呑みをさらに傾け、玉露を堪能するが、優雅な策略家はくすりと笑った。
「やはり、三月二十五日に、邪神界で何か動きがあったのですね?」
待ったのに声をかけない。質問もしてこない。何も意見をしないということは、肯定していると同意義。瑠璃は思わず玉露を吹き出しそうになった。
「なっ!? お主いつの間に……。じゃから、我を陥れるでない!」
「今頃気づいたのですか?」
悪戯好きの神父は手の甲を唇に当てて、くすくす笑い出した。いくつになっても、同じようなことをしてくると、聖女はあきれた顔をした。
「我で遊ぶでない! お主もラジュと同じじゃ」
瑠璃は白いブーツの足をジタバタさせた。百年の重みが一気に消え失せた、八歳の少女を前にして、三十二歳の神父は昔のように同じ年頃に戻り、悪戯が成功した少年のような微笑みを見せた。
ピアノの音色は高音から低音へ滑り落ちてゆくを繰り返す。華麗なるフィナーレ――最終小節を目指して紡がれ続ける。
崇剛の神経質な手と、サングリアのワイングラスは、お互いを魅了してやまないロマンスを、大樹の下で雨宿りするようなひと時をともにする。
窓から差し込む雷光の青白い煌めきの中で、ルビー色と冷静な水色の瞳はじっと見つめ合う。
邪神界の動きの活発化と恩田 元は関係しているという可能性は60.07%――
可能性が少し低いです。
四月二十一日、木曜日、二時十三分五十四秒後――
大鎌を持った悪霊……残りの四十四人は、恩田 元の過去世と関係のない霊。
これらから導き出せる可能性は……。
恩田 元は邪神界の他の者に今後も利用され続ける……。
すなわち、彼のまわりで人が死に続ける……かもしれない。
死を撒き散らす兵器と言っても過言ではない、話流れだった。聖女は急須を傾け、湯呑みに玉露を注ぎ足したが、ただそれきり。
ことは重大だった。負のスパイラスができ上がり、恩田 元という元凶を目指して、悪霊が次々と集まり、犠牲者が出続ける。
しかし残念ながら、霊的な理由で忠告しようとも、聞く耳を持たないのが、世の中の常だ。
今のままでは、悪行という罪状を犯人へ宣告しても、真に受けるどころか、笑い飛ばし、元は罪を重ね続けるだろう。
理論的に全てを話し、どこかで犯人の心のほつれができたところで、改心へと導かなければ、事件は解決しない。
崇剛は千里眼を使って、神の元へ犯人が無事に戻れるようにと、さらに情報を引き出そうとするが、何も浮かび上がらなかった。
「前世のお名前と職業が未だ見えてきません……」
「今は知る必要はなかろう。見えぬとはそういうことじゃ」
守護をする者としては、何もかもに手を差し伸べていたのでは、崇剛のためにならないと、聖女は十分心得ていた。




