Time for thinking/4
サングリアの柑橘系の香りが、聖霊師の臭覚と味覚の両方へ酔いという甘美な刺激をもたらす。
まずは、恩田 元が見ている過去世の夢です――
こちらの筋が通る順番は以下の通りです。
一.うめき声と悲鳴が、男性と女性の声の両方で、複数聞こえてくる。
二.悲鳴と断末魔が、男性と女性の声の両方で、複数聞こえてくる。
三.血の匂いがした。
四.血で視界が真っ赤になる。
五.『いい……だ」と言った。
こちらまでが過去世の記憶であるという可能性が76.56%――
サングリアを一口飲んだ。水色の瞳の端では、聖女が桃色の湯呑みへ小さな手を伸ばし、少し不味な玉露を口にしている姿があったが、
「…………」
瑠璃は何も言葉を発しなかった。
イコール、事実として確定、100%――
この作業がこの先、何度となく繰り返される。
茶色のロングブーツは優雅に組まれ、元の夢を整理し続ける。
六.『返して……』と言われる。
七.自分自身が斬られる。
八.体をつかまれる。
以上が正しい順番であるという可能性が99.99%――
これらから導き出せること、そちらは……。
恩田 元が過去世で複数の人間を殺し、恨みなどをもたれ、他の人たちが自分たちと同じ目に遭わせようとし、恩田 元自身が斬られるという夢を、悪霊によって見せられたという可能性が87.96%――
鉄槌を喰らわすかのように、ドガーンと雷鳴が地鳴りをともって背後から襲ってきた。しかし、聖女の小さな唇からは何も聞こえなかった。
事実として確定――
床につけたままの片足で反動をつけ、ロッキングチェアを心地よく揺らす。冷静な水色の瞳は閉じられ、昼間、三沢岳で見た転落事故、三件へと迫った。
恩田 元の一番目の妻――真里。没二十三歳十ヶ月。
死亡時刻は二十年前、四月十二日、日曜日、十七時十六分二十五秒。
男の霊によって右肩をつかまれ、肉体から魂が抜ける――幽体離脱をさせられた。
その後……
庭崎市を一望できる山頂で、恐ろしく奇怪な事実が、聖霊師と聖女の前で如実に繰り広げられていた。
真里の霊体と男の霊は崖下へ行き……。
真里の肉体の足をふたりでつかみ、彼女を谷底へ落とした――
ガス灯の輝きよりも強く青白い雷光が、百年の重みを感じさせる若草色の瞳の中で、爆発的に発光したが、聖女はただ玉露を飲んだだけだった。
二番目の妻――霧子。没二十五歳七ヶ月。
死亡時刻は十四年前、四月十一日、日曜日、十七時十六分十二秒。
男の霊によって右肩をつかまれ、肉体から魂が抜ける――幽体離脱をさせられた。
その後、霧子の霊体と男の霊は崖下へ行き……。
霧子の肉体の足をふたりでつかみ、彼女を谷底へ落とした――
殺した犯人が誰なのか。いや、殺したという言葉がある意味違っている事件だった。まだ途中の崇剛は、感情など乗せずに、サングリアを優雅に飲んで先に進む。
三番目の妻――涼子。没二十四歳四ヶ月。
死亡時刻は六年前、四月十五日、日曜日、十七時十六分四十七秒。
男の霊によって右肩をつかまれ、肉体から魂が抜ける――幽体離脱をさせられた。
その後、涼子の霊体と男の霊は崖下へ行き……。
涼子の肉体の足をふたりでつかみ、彼女を谷底へ落とし殺した――
さっきからずっと閉じられていた、冷静な水色の瞳はまぶたからさっと解放され、ひとつの結論に達した。
すなわち、彼女ら三人は己自身で故意に死んでいったのです。
いわば、霊的な自殺です。
三沢岳の穏やかな春の日差しと小鳥たちのさえずり。そこに似つかわしくない、転落事故の真相。彼女たちの動機を考えると、死の尊厳はやはりどこにもなかった。
聖霊寮で、国立が崇剛へとミニシガリロとジェットライターを、埃で濁ったローテーブルを滑らせてきた時の、やり場のない気持ち。
それにまた襲われそうになったが、
ですが……
揺れていたロッキングチェアは不意に止まり、崇剛の瞳は涙で少しにじんだ。




