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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
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Time for thinking/3

 旧聖堂でラハイアット夫妻に拾われてから、使用人と召使に囲まれての生活しか送ったことのない崇剛。


 紺の長い髪と背中合わせになるように、瑠璃は反対側へ顔を向けて、苦渋の表情になった。


「ダガーより重たいものを持ったことのないお主がの……。明日は雪かもしれんの。お勝手口に立ったとは、想像がつかぬ……」


 明日で五月を迎えるという春雷なのに、聖女は思いっきりぼやいた。


 しかし、しかしだ。若草色の瞳の端で茶器を捉え、自分の背後でロッキングチェアに座っている人の心を気遣った。


「お主の努力は認めぬとの」


 緑茶の何たるかとを、守護霊として守護する人へ説いてやろうとするが、


「何と申したかの? ハ……ハ……? 横文字には弱くての。お主が飲むやつじゃ」


 サングリアのグラスを少し柔らかい唇につけようとした、崇剛のロイヤルブルーサファイアのカフスボタンは急に止まった。


「ハーブティーですか?」


 彼は思った。瑠璃の様子がおかしいみたいだと。


 青白い光が部屋へ一気に押し寄せるとともに雷鳴が轟き、聖女の扇子のような袖は激しく揺れ、小さな指先が神父へ突きつけられた!


「それじゃ! それと一緒ではあらぬ、蒸らしは一分じゃ。洋と和を混合するでない」


 聖女の緑茶に対するこだわりを無残にも破壊してしまった。崇剛はワイングラスを口から離しながら、


「新しいものを持ってきていただきましょうか?」


 家事などとしたことがない自身にはハードルが高かったのか。もてなしのつもりが、あだとなってしまった。


 神経質な手が持っていたルビー色のグラスが、テーブルへ置かれようとした時、聖女から待ったの声がかかった。


「構わぬ。お主の想いと行いが無駄になるであろう」


 三十二年という月日は、お互いを思いやるというある種の愛情へ取って代わっていた。


「そうですか。瑠璃さんは優しいのですね」


 聖女から赦しを受けた神父は少しだけ微笑み、聖霊師とその守護霊のいつも通りのやり取りが、瑠璃の口から解き放たれた。


「違えた時だけ、我は物申す。全て我が見ては、お主の心の成長にならぬからの」

「えぇ、お願いします」


 聖女の霊視という大地へ、聖霊師は優雅に身を任せた。


 神父はシルクがふんだんに使われた襟元へ手を伸ばす。シルバーのチェーンを中から手繰り寄せると、銀のロザリオが眠りの森から目覚めた。


 組んでいた足を一旦とき、姿勢を正す。ロザリオを両手で握りしめて、額の前まで持ってきて、冷静な水色の瞳はすっと閉じられた。


 主よ、どうか、事件を解決できる術を私にお与えください――


 神に選ばれしメシア保有者は、人としての立場を十分わきまえていた。答えを見つけるのはあくまでも自身の努力。道標である方法へ導いてくださるのが神の力だと。


 まぶたが再び開けられると、いつもと違って、ロザリオはブラウスのボタンの上へ下された。神聖という光をガス灯の元で宿す。


 優雅な神父の体の内で、端麗と霊妙を持ち合わせるピアノの音色がしなやかに奏でられ始めた。


 ラフマニノフ 楽興の時 第四番 ホ短調 プレスト。


 高音から低音へと落ちてゆくを何度も繰り返す旋律と、窓を叩きつける雨音が、シンパシーを生み出す協奏曲コンチェルト


 前の小節へ半拍でずれ込む、高く力強い音と不規則な雷鳴が微分音を予感させる混沌カオス


 玉露という癒しを得た聖女は白いブーツを組み、肘をソファーでもたれかからせると、扇子のような袖が広がった。


(お主の思い浮かべるがくは、まことみやびよの)


 瑠璃色の貴族服をまとった聖霊師は、春の嵐とピアノの音色がなびく、草原へと身を委ねる。


 今回の事件に関係するであろう様々な情報と事実、可能性が多方向から流れる川のような美線で、冷静な頭脳に走らせ始めた。

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