Time for thinking/2
和テイストの急須を神経質な左手で未だに握りながら、火傷からまぬがれた右手をあごに当てる。
「……なぜ、こんなに熱いのでしょう? 涼介は普通に持っていましたよ。おかしいみたいです……」
何とも情報源の少ない動作をしているため、策略家は可能性を導き出せないでいた。
聖女をもてなしたくて、もう一度指先をつまみにそっと添えた。急須を傾け、玉露を湯呑みに注ぎ、それをテーブルへ一安心というように置いた。
少し濁った緑色の水面を、冷静な水色の瞳に映していると、巫女服ドレスが現れた。物理的な法則を無視して、神世を思わせる絵画の奥から。
ツルペタな胸の前で小さな腕では組まれ、聖女はブツブツと、
「さっき、カミエが申しておったがの……まさか、あれがそのためで、そのようなことがこれから起きるとはの……崇剛には何と詫びればよいかの?」
「――瑠璃さん、どちらの話ですか?」
遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が急にかぶさり、聖女は組んでいた両腕を慌てて解いた。
「崇剛っ!?」漆黒の長い髪を左右にサラサラと揺らしながら、部屋の調度品を見渡す。「な、何故、お主が我の部屋に……」ドレッサーや生前与えられた人形や服。「幼い頃はよく参っておったがの、最近は参らなく……」それらの代わりに羽ペンを刺してある書斎机や深碧色のソファーを見つけて、ここが神父の自室だと今頃気づいた。
「し、知らぬ間に、崇剛の部屋についておったわ!」
思わず息を飲み、油差しの効いていない人形みたいに、瑠璃は崇剛へギギーッと首をやった。
「な、何のことじゃ?」
出遅れに遅れたとぼけ。
天使から策略連鎖という異名までつけられている守護列の一番下。立派な知謀家である崇剛は、一字一句見逃していなかった。
「カミエ天使から、どのようなことを言われたのですか?」
と聞き返しながら、
厄落としであったという可能性は、13.56%から上がり、37.89%――
神威というフィクションの数字を、冷静な頭脳の中で速やかに変化させた。瑠璃は小さな手を口元へ当てて、咳払いをする。
「んんっ! そこは追求してくるでない」
黒紐の白いブーツは床から赤銅色の絨毯へ進み、崇剛がさっき座っていたソファーへたどり着き、彼とは目線を合わせず思いっきりごまかした。
「……と、とにかく、その話は最後じゃ。事件解決が先であろう」
審神者をする聖女がソファーへ腰を下ろしたのを見届けて、崇剛はテーブルの端でさっきから放置されていたワイングラスに触れないように気をつけながら、ロッキングチェアへ優雅に座った。
「そうですか」
と相づちを打ちながら、最後に理由はしっかり聞くことを決心する。
まるでビスクドールみたいな透き通った幼い顔と、豪華なドレスがソファーの上に飾られているようだった。
優雅な貴公子は一日の終わりに酔いしれるように、茶色のロングブーツの細い足をエレガントに組む。
三十二歳の神父と聖女――。
人払いされた部屋、誰もこない。外は嵐のような夜。室内の物音など廊下に届きもしない閉鎖された空間。親子ほど歳が離れているふたり。
ロリータコンプレックスを匂わすような光景だった。
白と朱を基調にした巫女服ドレスが身を乗り出し、漆黒の髪が前へサラサラと落ちると、小さな手が玉露で満たされた湯飲みを、慣れた感じでつかんだ。
左手を底へ添えズズーッと飲んだが、瑠璃はすぐに顔をしかめる。
「今日のは、苦味と渋みが濃いの。涼介のやつ、熱があるからの。違えおったか?」
違和感を覚えながら、霊界での桃色の湯呑みがテーブルへ置かれると、
「三分待ちましたよ」
味に損傷が出る可能性は低いと導き出していた、時間に厳しい崇剛が答えた。聖女は自分の耳を疑った。目を大きく見開き、驚いた顔を神父にやる。
「お主が淹れおったのか!? お主まで戯言ではあるまいな?」
「えぇ、嘘は言っていませんよ。涼介が淹れているのを真似して、私が淹れました」




