春雷の嵐/8
瑠璃の夢へすり替わったのが、
三月二十四日、木曜日、十一時三十六分二十七秒前――
すなわち、交差点の事故が起きる前日。
一日近くのずれ。
偶然でしょうか?
それとも、必然――
そうして、月が冴え渡る屋敷の庭で首を切られた時を思い出した。薄れてゆく意識の中で、赤い目がふたつが真正面からのぞき込む。あらゆる矛盾を含むマダラ模様の声が心に響いてくる。
「――お前これで終わりね」
銀のロザリオをシャツの中から抜き取って、神に身を捧げるように中性的な唇につけると、鉄の冷たさが微熱を奪うように広がった。
「終わりね――の意味は……The Escape from evil may be over」
異国の言葉が流暢に出てくると、瑠璃とのことは『厄落とし』という可能性になる。つまりは神に操られた嘘。精巧な頭脳の中で全ての数値が夜空の星がめぐるように一斉に動いた。
「そうだとしたら、どのような目的で起こしたのでしょう? いいえ、どなたが起こした出来事なのでしょう?」
二十四日に見た夢は、神が起こした厄落とし。
二十五日に邪神界の動きが活発になった。
そうなると、引き金を引いたのは、神か大魔王か――。どちらなのだ?
何もかもが宙ぶらりんのままの情報。だが、ひとつだけは兆しが見えてきたようだった。あの赤目の男が何者か可能性が出てきた。
彼は正神界の者であるという可能性が78.27%――
いつひっくり返るかもわからない、不確定要素。崇剛はそれを抱えて、リムジンのタイヤが水しぶきを派手に上げる中、天文学的数字の膨大な情報を脳裏に流し始めたが、今のところ、どうにも情報が少なく憶測の域を出なかった。
春雷はとどまることなく、線の細い男をリムジンに乗せ、丘の上にある屋敷を目指して、夜道を走り抜けてゆく。
その間、ロングブーツの足は優雅に組み替えられ、紺の後れ毛は神経質な手で耳に何度もかけられた。
そうしてまた、あごに指の節は当てられ、頬に髪が艶やかに落ちて、さらに耳にかける。
崇剛の癖が何度となく重ね続けられながら、車は闇色の水たまりたちを勢いよく跳ね上げていった。
千里眼を持とうが、どんなに冷静な頭脳を持とうが、神の元で生かされている人間。瑠璃を愛するという事件がどこへどうつながり、未来に何が起きるのかを、崇剛はまだ知る由もなかった。




