春雷の嵐/6
轟音を巻き起こす雷鳴。荒波に揉まれるように、強風で揺れ動くリムジンのリアシートに、瑠璃色の貴族服を優雅に預けていた。
「え……?」
戸惑った子供の青白い表情を恐れもせず、崇剛の前で時が早回しになった。
事故四回目――
四月十八日、月曜日、十二時二十九分十四秒。
旧聖堂で、ラジュの悪霊を浄化する余波に耐えられず、崇剛は気を失い、涼介によって、ベルダージュ荘のベッドへと運ばれる少し前のこと。
母親は険しい顔をして、声を荒げた。
「あなたは私の『もの』です。だから、こっちへきなさい」
神父の冷静な瞳はふと伏せられ、シャツの下に隠されたロザリオをキツく握りしめて、神の御前で祈りを捧げる。
人の心の弱さを、どうかお救いください――
人となりというものは、言葉の端々に出てしまうものだ。こんな当たり前に言われる言葉も、崇剛は心に対する冒涜だと思った。
『もの』……人を物扱いしています。
自身という存在を確かめるために、他の何かを所有物にして、それを自分の価値だと思い、誰かの心を縛ろうとする。
晴れ渡る交差点で、今はもうここにいない、無残にも生まれる前に殺されてしまった小さな子供の、無邪気な横顔を、大人としてどう守るべきなのだろうか。
激情の渦に足元をすくわれないように、冷静という名の盾は強く押さえ込み、水色の瞳はもう吹雪のように冷たくなった。
己の子供であっても、人それぞれ人生があります。
長い輪廻転生の中で、次は親子になるとは限りません。
価値観も違って当然です、ひとつの確立した魂なのですから。
己の思い通りにすることはできません。
人を物というのはおかしいです。
従って、女が邪神界であるという可能性が89.56%から上がり、99.99%――
大人の憎しみ合いに巻き込まれ、純真な子供は何を信じて、何を疑えばいいのかわからないまま、不思議そうな顔をした。
「え……?」
事故五回目――
四月二十一日、金曜日。十二時十四分十七秒。
女の邪気にあてられ、双方で信号が『進む』を示している幻覚が発生した。混乱し始める交差点を尻目に、女の霊は目を釣り上げ、金切り声を上げた。
「いいからきなさい!」
「え、でも……」
防御反応が警告する。子供は両手を胸の前で不安げに、左右につかんでさするを繰り返す。
輪廻転生――。長い人生の連鎖の中で、死んでしまった親子。その関係はもう成立しない。それでも、女は子供に執着心を持ち、物として持っていこうとしていた。
茶色のロングブーツはまた優雅に組み替えられ、土砂降りの中で、綺麗に晴れ渡る交差点を千里眼で見続ける。
子供は戸惑っているように見える。
正神界であるという可能性が89.98%――
プツリと映像が途切れ、事故六回目――
四月二十八日、金曜日。十二時十三分八秒。
治安省へ行くよりも少し前。事故が起きた時刻。今度もまた、女の邪気の影響で信号が幻想へと陥れられた。しかし女の態度はまったく違っていた。
しゃがみ込んで、子供に優しく微笑みかけた。
「ずっとひとりで寂しかったでしょ? だから、一緒に行きましょう」
冷静な水色の瞳はついっと細められた。
女が作戦を変えてきたという可能性が99.99%――
以下の可能性が出てくる。
他の人に助言を受けた。
すなわち、他にも関係している者がいる――
氷山の一角でしかないかもしれない、交差点での事故。あれほど警戒していた子供は嬉しそうに微笑んで、
「あぁ、うんっ!」
何の疑いもなく女の手を取り、地縛から解放され、天へ登っていった。しかしそれは、喜ばしいものではなく、瑠璃は向かいのリアシートをぼんやり見つめたまま、ボソボソとつぶやいた。
「ふたりとも邪神界へ行ってしまったの。幼子のほうが霊層が上じゃ。連れて行っては下がってしまうであろう。それは、誠の愛ではあらぬ……」
守護霊仲間ではよく聞く話だったが、いつの時代になれば、人は人をきちんと愛せるようになるのだろうかと、百年も生きてきた聖女は物思いにふける。
魂の連れ去り事件。起きてしまったものは変えられない。怒りに狂いそうな激情の獣を、冷静な頭脳で押さえ込み、水色の瞳はそっと閉じられた。




