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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
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春雷の嵐/2

 銀のロザリオを手で握りしめ、瑠璃色の貴族服で正装し、身廊に敷かれた真紅の絨毯の上を祭壇まで歩いて行こうと、正面のステンドグラスをじっと見つめた。


 すると、バク転を逆再生したように、祭壇の向こう側から裸足と白い服が立ち上がってきた。


 ルビーのような赤い目ふたつ。ボブ髪は衝動で揺れていたが、サラサラと綺麗に元に戻った。


 神聖な聖堂に突如現れた、天使の輪も両翼もない男。最低限の筋肉しかついていない体躯で、裸足のまま真紅の絨毯の上を、崇剛に向かって堂々と歩いてくる。


 それは、邪神界とか正神界とか、神とか天使とかそういう縛りで抑制できるような畏れではなく、人の想像を超えた神羅万象と言ったところだ。


 ナルシスト的に微笑みながら近づいてくる、赤目の男と崇剛は一人対峙する。


 彼の正体は何者なのでしょう?

 可能性はいくつかあります。

 邪神界の天使である。

 四天王である。

 大魔王である――


 考え込んでいるうちに、白い服を着た男はすぐそばまできていて、崇剛の手首をつかんで、軽々と彼を抱き寄せ、もう片方の手を神経質なあごに当て上げた。


 まるで口づけ前――


 聖堂の中で、パイプオルガンの音色に身を任せるような、全身を貫くエクスタシーに崇剛は落ちてゆく。

 

 正神界の天使である。

 そして、もうひとつ――


 お互いの息遣いを肌で感じるほど近くで、ふたりは見つめ合う。瞳の水色と赤が混じって、紫色になってしまうほど。崇剛は体中の力が抜け、ボブ髪の男に身を任せるしかなかった。


 抗うのではなく、受け入れるしかない、ビリビリとした空気。この感覚はどこかで出会ったことがある。どこで――



 気がつくと、崇剛は土砂降りの雨を風景にして、車窓に映り込む自分の瞳をじっと見つめていた。


 重要な鍵を握る人物の特定ができない。物事は二分の一の可能性。焦りで思わず指先が少しだけ震える。


 出遅れれば、取り返しのつかないことになるという可能性が非常に高い。

 屋敷から、瑠璃に審神者をしていただこうとしたのですが、見えないと言っていました。

 ですから、私たちは世見二丁目の交差点へ向かっています――


 敵の懐深くに入り込む恐れがある事件へと、冷静な頭脳の持ち主は感情はいとも簡単にコントールして、平然と手をかけてゆく。


 今までのことから判断すると――

 三月二十五日から、邪神界の動きが活発化したという可能性が出てきます。

 千里眼を与えていただいたお陰で、様々な霊や天使と話す機会に恵まれました。

 ですが、邪神界が今回のように、大きく動いてきたという話は聞いたことがありません。

 何が起きているのでしょう?


 疑問ばかりが浮かんでは消えてゆく。神がいるであろう暗雲のはるかかなた――宇宙の果てまでを、千里眼で捉えようとするが、人である崇剛には神世を見ることは赦されていなかった。


 土砂降りの雨や雷の青白い光ばかりだった。やがて、リムジンは速度を落として、ひどい雨のせいで、人通りのない交差点に穏やかに止まり、運転手の声が沈黙を破った。


「――崇剛様、到着しました」


 豪雨の絵具で空から闇色に染められる、事故多発地帯となってしまった中心街の交差点。


 これから、仕事――霊視をする聖霊師は優雅な笑みを、バックミラー越しに運転手へ見せた。


「ありがとうございます。こちらのまま、しばらく止まっていてください」

「かしこまりました」運転手が頭を下げると、車中は静かになった。


 ひょうでも打ちつけるような雨が、バラバラとリムジンの屋根を激しく叩きつけ、ドドーンと地面へ落ちる雷の轟きが、思考回路に混乱を招こうとする。


 土曜日の夜――。いつもなら、まだ人通りもあるが、誰も歩いておらず、それどころか馬車の往来さえもなかった。


 春雷のせいというよりも、霊的な何かで、崇剛と瑠璃の乗ったリムジンが他から切り取られてしまったようだった。


 聖女の若草色の瞳は霊界を見つめていた。いつも晴れている世界でも、珍しく土砂降りの雨が降っていた。嵐の前の静けさと言うように、悪霊のひとりもいやしない。


 メシア目当てに近寄ってくる輩から、崇剛を守るのも瑠璃の役目だったが、その必要性が感じられないのが、かえって不気味だった。

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