Escape from evil/13
冷静な頭脳をフル回転させていると、地鳴りのような低い声が少し含み笑いをした。
「そこに情報があると思わせれば、動くと。人のお前は神の策にはまっている」
「おかしな神ですね、光命さまも」
中性的な唇に手の甲をつけて、崇剛はくすくす笑い出した。ラジュから聞いた話では、自身と同じような考えを神レベルでする人物らしいと。神の策が脳裏に浮かぶ。
嘘をつくことが苦手な瑠璃にあえて、言わないようにと忠告した。
そちらのことによって、瑠璃の言動は不自然なものになるという可能性が99.99%――
従って、私がそちらに何らかの情報があると思い、動くという可能性が99.99%――
そうして、私は神の思惑通り動かされたみたいです。
崇剛は心の中で、両手を顔の位置まで上げ、優雅に降参のポーズを取った。晴れ渡る空を見上げ、さらに高い場所へいる神に敬意を示す。
持ち直してきた乙葉親子によって、ピクニック気分の楽しい会話が再開された。
「パパ、にじでる?」
「あれは、雨が降って、そのあとに、晴れないと出ないぞ」
「そうなんだ。るりちゃん、みたことある?」
「ないの」
「すごくきれいなんだよ」
「瞬とともに見てみたいの」
特別な感情を抱いてしまった聖女と、楽しそうに無邪気に話している五歳の子供。ふたりの間で、三十二歳の男は、微笑ましくありながら悲しい表情をしていた。
悪霊は消滅したが、降臨したっきり帰らないカミエ。彼の無感情、無動のカーキ色の瞳はなぜか、瑠璃へと注がれていた。
天使の視線に違和感を抱きながら、崇剛は大胆にも、人の心を読み取れる天使へ、情報収集の罠を仕掛けることにした。
元々食が細く、食べ物にあまり興味のない崇剛は、包帯を巻いていた手をあごに当て、ささっと策を練って素早く質問した。
「ラジュ天使はどちらにいらっしゃるのですか?」
急に話しかけられたことで、カミエは聖女から視線をはずし、うっかり言いそうになった。
「ラジュは今、シュト――!!」
「そちらにいらっしゃるのですね?」
何とか天使の威厳を保ったカミエの前で、崇剛は優雅に微笑んで見せた。
シュト――で始まる地名、もしくは場所などにいるという可能性が99.99%――
合致する情報は今まででふたつあります。
そちらであるという可能性が58.63%――
カミエは不思議そうな顔をした。
「なぜ、俺に仕掛ける?」
「なぜだと思われますか?」
聞いたのに、聞き返された――。情報漏洩を防ぐ、基本中の基本の方法。真っ直ぐな性格のカミエは交わし方を知らず、珍しくため息をついた。
「はぁ……」
「今回のことは、『厄落とし』だったのでしょうか?」
聴き慣れない言葉が聖霊師から問いかけられたが、天使には何を意味しているのか十分わかっていた。
「そうだ」
「そちらを、他の言語で表したら、どのようにおっしゃるのですか?」
いきなりの意味不明な質問――に見える、策略。カミエはまた不思議そうな顔で聞き返す。
「それは必要なことなのか?」
「必要かもしれません」
優雅な笑みは消えていて、崇剛に見据えられたカミエは一旦考え、少し遅れて口を開いた。
「……Escape from evil」
「先ほどの場所は英語圏なのですね?」
勝利というように、崇剛はこれ以上ないほどにっこりと微笑んだ。
「っ!」カミエは何とも言えぬ顔になり、
「情報提供ありがとうございます」崇剛は礼儀正しく頭を下げた。すぐさま、冷静な頭脳で可能性が導き出される。
シュト――で始まる英語圏の場所。
あちらであるという可能性が58.63%から上がり、78.98%――
時が早回しで戻り、崇剛は昨日の朝にたどり着いた。涼介が懺悔にやってくる前に見た新聞に載せられた記事。
と、
幼い頃から手にしている情報が鮮明に浮かび上がった。だがしかし、関連性は今のところ弾き出せなかった。
炭酸の泡だけがグラスの中で踊るカンパリソーダの前で、神経質な指先があごに当てられる。
厄落としとは、物事がいい方向へ進む時に起こる、辛い出来事などを表します。
前厄と後厄があります。
今回は前厄です。
なぜなら、まだ何も起きていないみたいですからね。




