Escape from evil/12
それぞれの役割がある天使界。人間が呼び出すことは勝手にはできない。懐かしい聖なる人の前で、崇剛は優雅に微笑んだ。
「降臨していただき、助けていただいたことを感謝いたします」
カミエは浮遊するのではなく、修業のために縮地を使って、瞬と瑠璃の間にある、お誕生日席の位置へやってきた。
「礼はいらん。ラジュに頼まれただけだ」
「やはり、そうなのですね?」
策略家は至福の時というように、これ以上ないくらい微笑む。
発信源が誰とは確定していなかった――。しかし今、答えは告げられた。この場にやってくる可能性が一番高かった天使によって。
確かめるために、わざとお礼を平然と言ってきたのだと知って、天使のカーキ色の瞳は一旦閉じられ、珍しくため息をついた。
「お前また……。なぜ、俺を罠にはめる?」
「はめてなどいませんよ。あなたが自らおっしゃったのではないですか?」
「あの時もお前はそうだった」
「あなたもではありませんか」
人が天使を罠に陥れるという、これ以上ない下克上――。
毎度毎度のやり取りを間で聞きながら、プリンを食べていた瑠璃は、若草色の瞳を天使へちらっとやった。
「お主、ラジュの策に乗せられおったのじゃ。少し考えれば、わかると思うがの……」
「っ!」
またしてやられたと思い、カミエの細い目は珍しく大きく見開かれ、息を詰まらせた。
「――パパ、とりさんがあっちにきたよ」
「鳥もピクニックにきてるのかもな」
「なかよしだね」
霊界へ傾きがちだった崇剛の意識は、現実で危機に瀕していたことに気づいていない乙葉親子を強く感じた。冷静な水色の瞳は一瞬陰り、無感情天使へ珍しく真剣な顔を戻した。
「彼女――は元気でいらっしゃいますか?」
「いる」
ラジュと違って言葉数が非常に少ないカミエ。便りがないのはよい便り――。
「そうですか」
だからこそ、崇剛の水色の瞳は涙で少しだけにじんだ。一番会いたがっている人たちに伝えることが、千里眼のメシアを与えられた自身の役目であると思った。
瞬の小さな手はうまくサンドイッチを持てず、崩してしまって、中身で手がベトベトになっていた。
涼介が父親らしくナプキンで拭いている。神経質な指先で、崇剛は後れ毛を耳へかけた。
「涼介、瞬。今カミエ天使が見えています。彼女は元気でいらっしゃるそうですよ」
その天使の名は、かつてそばにいた女の守護をしていた者だった。守るべき人が成仏すれば、天使も天へと戻る。会うこともないと思っていたが、思いもがけず出会えた。
二年前の悲痛な出来事が、それぞれの角度から回想され、しばらく沈黙が全員を包み込んだ。
涼介はビールの缶を少しきつく持ち、息子に背を向け、遠くの景色を眺めながら、一粒の涙が頬を流れていった。
瞬は落ちてきた涙を何度も何度も小さな手のひらで拭う。
瑠璃はプリンを食べる手を止めて、漆黒の長い髪を山肌をなでてきた風に慎ましくなびかせた。
崇剛は両肘をテーブルの上へつき、神経質な手を額の前で組み、そっと目を閉じた。この世に今はもういない、『彼女』の冥福を祈った。
冷静な思考回路の持ち主である、崇剛が過去の悲しみという荒波から、真っ先に戻ってきて、天使に問いかけた。
「光命さまも今回のことはご存知だったのですか?」
ラジュの指示ならば、その上にいる神からでもおかしくはなかった。滅多に笑わないカミエは、彼なりの微笑み――細い目をさらに細める。
「お前を動かすのは簡単だと、光命さまがおっしゃっていた」
「どのようにおっしゃっていたのですか?」
崇剛は聞き返しながら、ささっと情報を整理した。
光命→ラジュ天使→カミエ天使→瑠璃という順番で、情報が共有されていったという可能性が99.99%――
昨日の夕食時、瑠璃は遅れてきました。
十八時前に彼女は目を覚まします。
遅れてきたということは、その間に、カミエ天使に会ったという可能性が99.99%――




