心霊探偵と心霊刑事/14
聖霊師と刑事は話が終われば、あとは帰るだけ。いつだってそうだった。懐中時計で秒数まで測る、合理主義者の男は無駄話などしない性格だ。
楽しい時間はあっという間というように、お開きの時間がやってきた。話の合う人間がいなくなる。ほんの少しの寂しさが、国立の心の中に降り積もる。
それでも、膝の上に乗せたままの瑠璃色の上着は取り上げられることもなく、崇剛は後れ毛を神経質な指先で耳にかけるだけだった。
帰る気がない――。国立は気づいた時には、声をかけていた。
「あと、何かあんのか?」
「少なくとも、今回の件は二百人殺されているという可能性があります」
そう判断して当然だった。札の数は二百で、もう一枚も残っていないと、瑠璃は言っていたのだから。
国立は口にしようとしていた葉巻を止めて、鋭い眼光を崇剛に向けた。
「二百? メニー過ぎねえか? どんな人生送ったら、二百人も殺せんだ?」
「えぇ、通常では考えられません」
元凶となる事実を見つけることができなければ、犯人など捕まえられない。そうでなくても、信じていない人間がほとんどだ。順を追って、理論的に説明できなければ、改心させるまでには持っていけない。
国立は背もたれにもたれかかり、両腕を大きく広げ、薄汚れた天井を見上げた。
「殺人鬼ってか?」
「違うでしょうね」
「ナイス、カウンターパンチ!」
わざと見当違いの回答をして、即座に否定される。清々しいほどの会話だった。
崇剛は今朝あった元の言動を全て脳裏に並べる。何度も何度も言葉を噛んでいた。それは最後まで変わらなかった。自分と違う意見を言われると、押し黙る癖もあった。
「殺人鬼になるような人物は、ある種の大胆さを持ち合わせている傾向があります。ですが、恩田 元にはそのような傾向は見られません。例え、殺人鬼でも生涯に人を殺す人数はどんなに多くても数十人です」
逮捕時も牢屋に入っている時も、元の怯え切った目は、国立には媚を売っているように思えて、吐き気がした。
「人を殺せるようには見えねえな。生まれ変わってもよ、人ってのは、そうそうチェンジするもんじゃねえだろ? 人殺しできるような度胸なんかねえだろ、恩田の野郎に」
「そうですね……?」
崇剛はそう言って、あごに指を当てて考えたが、すぐに言葉を口にした。
「人を殺すことが正当化できる理由が、何らかの要因であったかもしれませんね」
ミニシガリロを灰皿ですり消して、国立は寒気がするというように、表情を歪めた。
「当たり前に人を殺すか。物騒な話だ。千里眼で見えねぇのか?」
「えぇ、何かが邪魔しているのか……もしくは、私の情報不足かもしれませんね。自身が体験したり、見聞きしたことがないものは、千里眼を使っても読み取ることはできません。概念がまったくなければ、見えていたとしても表現のしようがありませんからね」
崇剛と国立はいつの間にか、荒野に立っていた――。地平線が半円を描き、風が吹くと腐臭が漂ってきた。
何の匂いかと思い、ふたりして振り返ると、高い処刑台に元が吊るされている。下には五芒星が逆さまに描かれ、悪魔たちが長い槍を持って、狂った宴をしていた。
冷たい月明かりの下で、槍は一斉に元を貫き、ひどい悲鳴が上がる。急所は全て外されていて、のたうちまわるような痛みが全身を襲う。なぶりものだ。
そうして、お金という魔術がかけられ、あたりを黒い霧が包み込み、晴れると、傷はどこにもなく、突き刺していた槍は再び悪魔の手にあるのだ。
そうやって、何度となく同じことが繰り返される。裸の王様――そう呼ぶのがふさわしいだろう。
崇剛と国立が立っている場所は、処刑場の中央に変わっていて、断末魔が響き渡ると、赤黒い血が熱を持って、ふたりにサディスティックに降りかかった――。




