心霊探偵と心霊刑事/12
言葉が途切れたふたりの間に、いつの間にか、赤い目ふたつと山吹色のボブ髪を持つ男が立っていた。別次元で風が不意に吹き、白い服が旗のようにはためく――。
崇剛は男のほうへ視線を向けるが、冷静な水色の瞳には映らず、不浄な聖霊寮で、時間をやり過ごしている職員たちが、死んだ目で座っている景色ばかりだった。
思い出す――、あの血のように赤い目ふたつを。
天使の輪と立派な両翼が嘘だとしたら、化けていたとしたら、あの男は邪神界の人間で、手に大鎌を握り、自分の首を切断したのかもしれなかった。
午前中のラジュの言動からは、男について何も言っていなかったが、崇剛は意識が途切れる前の、あのゆるゆる〜と語尾の伸びた言葉を思い返した。
『おや〜? そういうことでしたか〜?』
『こちらのままにしておきましょうか〜?』
本当の死――魂の消滅を率先して起こさせようとしていた。それまでは、
『物には限度というものがあります。魂をひとつ消滅させることは、私たち天使には許されていません』
『話している時間はありません。すぐに修復します』
――あの腹黒天使の中で、何の可能性が変わったのか。なぜ言動を急に変えたのか。嘘を平気で吐くような性格だ。赤目の男に会っていたとしても、会っていないと言い張るだろう。
聞いたって無駄だ。しかしそうなると、隠す理由と消滅させようとする言動に矛盾が出てくる。
メシアを保有している自分を狙ってくるのは、邪神界であるという可能性が非常に高い。しかし、戯言天使が邪神界を庇うのは、筋が通っていない。
やはり、ラジュはあの男のことを、悪霊に襲われた時に見ていないのか。
診療室の座り心地のよい椅子に優雅に座りながら、ラジュが言い残していった言葉を今度は脳裏で再生する。
『それでは私は帰りますよ〜。用があるんです〜』
守護の仕事を放り出してまで、大切なことをどこかでしているようだ。それは何なのか。
崇剛はいつの間にか宇宙空間へ放り出されていた――。
無重力で浮かぶ体の横や頭上、足元をネオンのような色を帯びた数字の羅列が濁流のように流れ出す。
冷静な水色の瞳で風のように早く過ぎてゆく数字を読み取り、デジタルな思考で測りにかける。
全てはつながっているのか。
それとも、別々のことが同時に起きているのか。
――崇剛の視線の前で、綺麗な唇に真っ赤なラズベリーが放り投げられ、噛み砕くと別次元で甘酸っぱい香りが広がった。
「何、殺されたいの?」
男は立ち上がりながら振り返った。物理的法則を無視して、広野が地平線を描くほど広がっている。
片手を高くかかげると、遠くのほうから黒い塊が猛スピードで迫ってくる。そうして、ズシャーンと重い鉄が歪む音がした――。
開けっ放しのドアから、他の職員が歩いてゆく足音が聞こえた。さっきからずっと考えていた崇剛は現実へと意識は戻ってきていて、リムジンの中から見た事故現場を鮮明に脳裏に蘇らせる。
「庭崎市、中心街の世見二丁目交差点で起きた事故の件はありませんか?」
思いも寄らないことを言ってきて、国立は気だるく聞き返した。
「あぁ? あれは終わってんぜ」
「見せていただけませんか?」
ガタイのいい体がソファーから立ち上がって、背を向けて自分から離れてゆく。似ているのに、似ていない男の横顔は日に焼けていて、どこからどう見ても美形で、同性でも惚れてしまうだろう魅力を持っている。
それなのに、そんなことなどどこ吹く風で、今こうやって、崇剛がずっと姿を追っていることさえ、気にもかけていない。
散らかっている机の上を、あちこち引っ掻き回している。男らしさが見え隠れする大雑把さ。
いつどこにどの資料を置いたのか忘れるはずがない。崇剛は自分が絶対にしないことをしている国立とに、心地よいズレを見つけて、優雅な笑みがより一層濃くなった。
紙を取り上げて、戻ってくる素振りを見せようとすると、崇剛の水色の瞳は真正面へ向いた。
スパーのかちゃかちゃという金属音が、近づいてくることを耳で教える。それが止まると、長いジーパンの足がソファーにどさっと腰掛けた。
「三百年前の呪さんで、痴情のもつれらしいぜ。他の聖霊師で解決したぜ。どうして、お前さんが気にすんだ?」
「確かめたいことがあるのです」
神経質な手で紙を押さえ、数字の羅列を追いながら、千里眼であの事故現場をもう一度霊視する。
事故発生の日時……。
三月二十五日、金曜日、十二時十五分二十六秒。
四月八日、金曜日、十二時三十七分四十五秒。
四月十五日、金曜日、十二時十五分二十八秒。
四月十八日、月曜日、十二時四十二分十五秒。
四月二十一日、金曜日、十二時二十七分十八秒。
本日――四月二十八日、金曜日、十二時十七分十八秒以前。
合計、六回――




