心霊探偵と心霊刑事/7
邪神界がいて物騒だというのに、メシア保有者だけでウロウロしていると知って、国立は鼻で笑った。
「トラップ天使はサボりで、眠り姫はお留守ってか?」
「えぇ」
素知らぬふりで、崇剛はしれっとうなずく。国立が胸に手を当てると、長さの違うチェーンがチャラチャラと歪んだ。
「だから、オレってか? お前さんの守護霊と守護天使は、どうなってやがる?」
「どうしても離れなくてはいけない時はコンピュータ制御なのです。しかしながら、審神者はできません」
「ハイテクだな、常世はよ」
確かにそうだと、国立は合点がいった。先進国の文化は神さまが与えているのなら、そのはるか上を神の世界はいっているのだろうと。
「直接関係した人や場所から情報を得たほうが正確に見える可能性が高いのです。ですから、あなたを通して情報を得たいのです」
流暢に崇剛の説明は続くが、国立は負けじと言い返した。
「霊界から呼び出すんじゃねえのか? 他の聖霊師はやってんぜ。お前さんはできねえのか。やってるとこ見たことねえけどよ」
メシア保有者は人と違った情報をいくつも持っていた。
「成仏してしまった霊を地上――物質界へ呼び出すことはできません。例え神であってもです」
「やってる聖霊師がいやがんだろ?」
「そちらは、神もしくは邪神界の者、こちらの世界に残っている霊によって、幻を見せられているのです。通常、霊視をする方は審神者を行いません。ですから、幻だと気づくどころか、本物だと信じて疑わないのです」
カフェラテを一口飲んで、知らなくてもいいことが世の中にはあると、国立は改めて思った。
「神さまもフェイクってか? 何の意味があってしてんだ?」
「嘘も方便という言葉があります。先祖の霊や亡くなってしまった方と話をするように見せかけて、この世の者の心を悔い改めさせたり、生きる気力を取り戻せるようにしてくださっているのかもしれませんね。神の御心は神のみぞ知るですが……」
メシア保有者であっても、人間であることは変わらない。神や天使が手を下しているのならば、間違っていると言うこと自体が、間違いなのだ。長い目で見れば、それはたくさんの人が幸せになるために起きていることなのだから。
一瞬だけ視線をそらし、国立が大きく息を吸うと、カモフラシャツが上下に動いた。
「そうか……。神さんはいろんな手使ってきやがんな……」
崇剛の予想ではもう少し早く了承を得られるはずだった。だが違った。
(おかしい……。国立氏は戸惑っているように見える)
唇から抜き取られたシガリロは灰皿へと運ばれ、すりつけるように灰は落とされ、国立は再び青白い煙を上げた。
罠を仕掛けた場所へと、自然を装って追い込んでゆくが、焦りは禁物で、だからといって逃げ道を絶たなければいけない。
「邪神界の者とこちらの世界にいる霊を、呼び出す行為は非常に危険です。自分自身より霊層の高い――力の強い魂を呼び出した時、体を乗っ取られ、そのまま元へ戻れなかったという事例は多々あります。ですから、特に自身の体を明け渡す、霊媒はあまり感心しませんね」
崇剛は一旦違う話題へと話を持っていき、カモフラージュした。それでも、国立はうなずきはしなかった。
新しい葉巻をジェットライターで炙り、くるくると回して炎色を作る。ライターの青い炎が消えると、国立はまた葉巻をふかした。何度か繰り返して、やがて、
「なぁ、崇剛、お前さんだったよな?」
罠を見破られたか――。それならば、作戦は変更して、別の機会を待つだけだ。崇剛は優雅な笑みで、真意を隠す。
「どのようなことですか?」
「てめえの心はてめえでチェンジできねえほど、人ってのは弱いって言ったのはよ。俺に説教してったことあっただろ、いつだったかよ」
心霊刑事の口から出てきたのは、聖書の話だった。ダーツの時に涼介に仕掛けた罠よりも前の部分。
崇剛の頭の中にはきちんとインデックスをつけて、保存してあった。
「そちらは、去年の七月二十二日、水曜日のことです。旧約聖書――出エジプト記の話です」
(時刻は十五時十七分二十九秒――)
三十八歳の男臭い鋭い眼光が、崇剛に真っ直ぐ向かっていた。
「れって、こう取ってもいいのか? 神さんの導きってよ」




