Spiritual liar/10
それに即座に答えたのは、ラジュだった。
「それでは私は帰りますよ〜。用があるんです〜」
(ありがとうございました)
崇剛が心の中でお礼を言うと、ここにいる必要なしというように、ラジュはキラキラと聖なる光を散りばめ、すうっと消えていった。
診療終了と言われた依頼主は、ブランドもののポーチを握りしめて、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「は、はぁ……」
崇剛はエレガントに立ち上がり、ドアまでロングブールのかかとを鳴らしながら近づいていき、ドアノブを左手で回した。
「また何かありましたら、ご相談ください。それでは」
元の汚れていない黒い革靴は、出口へと近づいていき、ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンが止まったままのドアのそばで、軽く頭を下げた。
「はい、失礼します」
(金を要求されなかった。こんなので、金なんか渡せるか。大事な金だ。何でも自分の思う通りにできるもの)
千里眼のチャンネルを開いたままの崇剛には、今もまだ元の心はよく聞こえていた。廊下を帰り始めた猫背男の背後で、崇剛は気づかれないように、優雅に降参のポーズを取った。
おかしな方ですね、あなたは。
お金で手に入らないものは、こちらの世界にもたくさんあります。
さらに、お金は天へは持っていけません。
たとえ、持っていけたとしても、何の意味もありません。
なぜなら、霊界には、お金という制度が存在していないのですから。
お金で地位も名誉も買えないのです。
いつも通り診療所のドアから、元の後ろ姿を屋敷の外へと見送った、崇剛はそのまま邪神界が入ってこない結界の中で、千里眼を使って依頼主の行方を追った。
「坂道を下って行っています。自動車が路肩に止めてあります。運転手が降りて、ドアを開けています。戸惑うことなく乗り込んだ。従って、自動車を所有しているという可能性が99.99%――。富裕層……。どのようにして、お金を手に入れたのでしょう? 国立氏は、そちらを知っているかもしれませんね」
千里眼のチャンネルを切って、轟音のようになだれ込んできていた音や風景をシャットアウトした。
本日は金曜日――。
私の可能性の導き出し方が間違っていなければ……。
あちらの出来事が起きるという可能性が99.99%――
屋敷の主人は畑仕事をしていた執事の近くまで、ブーツの底で芝生を優雅に踏んでいった。
「涼介、今すぐに聖霊寮へ行きますので、車の用意をお願いします」
「あぁ、わかった」
執事は立ち上がって、元が出て行った正門と、振り返って主人が屋敷の中へ戻ってゆくのを交互に見つめた。
「国立のとこに行く? そんな重要な事件には見えなかったけどな。人のよさそうな感じだったし……」
人の心の闇を知らないというよりは、次元の違う場所で生きてきた、素直で正直な執事には、さっぱりわからなかった。




