Spiritual liar/3
聖霊師は優雅に椅子から立ち上がり、右手を差し出そうとしたが、怪我をしていることを思い出し、
「崇剛 ラハイアットと申します」
頭だけを丁寧に下げた。それにつられるように、小脇に抱えていたポーチーを前で持って、依頼主も同じようにした。
「お、恩田 元です」
優雅に微笑みながらも、冷静な頭脳の中には、五感から次々とデータがデジタル化され、記録されていっていた。
落ちてきてしまった、紺の髪を神経質な手で背中へと、崇剛は下ろしながら椅子に座り直した。
「そちらへおかけください」
「は、はい……失礼します」
元は所在なさげに、背もたれのある椅子に座った。聖霊師の観察眼が相手の様子や服装を拾い上げてゆく。
守護霊のような霊体がひとりついている。
茶色のジャケット。
シワがついている、水色のシャツ。
紺のズボン。
汚れがほんとどついていない、黒のビジネスシューズ。
ブランド物の茶緑のポーチ。
落ち着いていないように見える――
窓の外から、ヒバリの鳴き声が朗らかに降り注ぐ春の日差しの中で、崇剛は過去の診察でかなり高い確率で起こることを危惧した。
(診療時に嘘をつかれる方がいらっしゃいます。そちらのままでは、正しい診察ができません。ですから、以下の質問を投げかけて、情報をいただきましょう)
神経質な手を腰元で軽く組んで、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声で聞いた。
「こちらまでは何でいらっしゃったのですか?」
「えっ!?」
元は持っていたポーチを思わず落としそうになり、慌てて両手でつかんだ。
「あ、あぁ……歩いてきました」
「そうですか。ご足労いただいて、誠にありがとうございます」
相手を労いながら、崇剛は心の中で瞳をついっと細めた。
おかしい――
白いブラウスの下で、銀のロザリオが真実の扉を開くすぐ近くで、ハンガーにかけられた瑠璃色の上着が春風にそっと揺れる。
今日は四月にしては、気温が高い。
椅子に座っている私でさえ、上着を着ていません。
こちらの屋敷へは坂道を登らないと、くることはできません。
背後に広がる、中心街を一望できる景色を、崇剛は鮮明に脳裏に映し出しながら、依頼主の額をうかがい見た。
ですが、恩田 元は上着を着ている。
汗をかいているようには見えない。
部屋へ入ってきた時の、元の歩幅の狭い歩き方が、崇剛の記憶の中で何度も再生される。
靴は汚れていません。
ですから、馬車と答える可能性が一番高かったのです。
しかしながら、歩きと応えました。
そうなると、こちらの可能性が98.97%で出てきます。
別の方法を使って、こちらまできた――。
同時に、何か重要なことを隠している――という可能性も出てきます。
以上の可能性は、以下のことからさらに上がります。
なぜなら、もうひとつおかしいところがあるのです。
恩田 元の住まいがあるところは、富裕層の居住区ではありません。
どちらかというと、貧困層の居住地です。
ですが、ブランド物のバッグを持っています。
そうなると、こちらへ何できたのかの可能性が、もうひとつ出てきます。
自動車です――。
こちらの可能性が76.28%――。
従って、恩田 元は、何らかの理由で富裕層であるという可能性も出てきます。
そちらを隠す理由があるのかもしれませんね。
これらから判断して――、
こちらの方には、嘘をつくという傾向がある。
事実を聞き出すための時間が非常にかかり、非合理的です。
従って、普段は使いませんが、千里眼を使って、心を読み取らせていただきます。
ここまでの思考時間、約一秒――。メシアのチャンネルを開き、体の外側から聞こえてくる、風の音、鳥の鳴き声たちとは別次元で、脳裏に様々な音や場面が砂が落ちてゆくように、ザーッとなだれ込んできた。
スクランブル交差点の真ん中で立ち尽くすように、常人では情報量の多さに驚いてしまうところだが、崇剛の冷静な頭脳は全て拾い上げ、記憶してゆく。
「今日はどのようなご用件で、こちらへいらっしゃったのですか?」
「あ、あの……?」
うつむき加減の元は上目遣いに、紺の後れ毛を見た。




