主人は執事をアグレッシブに叱りたい/6
主人は執事に逃げられないように、さらに涼介にほうへ体をねじり、ロングブーツの右膝をソファーの上へ立てて乗せた。
左足は床の上にまだしっかりと落としたまま、わざと苦しそうな顔で悩ましげに、崇剛はこんな言葉を言ってのけた。
「もう待てませんので、よろしいですか?」
七.涼介に私の言葉を勘違いさせる――
別のことが待てないのです。
近づいてきそうな主人をさけるために、涼介は崇剛を注意深く正面から見ようとする。体を左にねじって、ソファーの膝掛けに背をそらせるようにもたれかかった。
「な、何をだ?」
警戒していたつもりだったが、涼介の心臓はバクバクと早鐘を打ち出した。主人の言葉をこんな解釈にしてしまったばかりに。
(ど、どうして、その、発情しましたみたいな言い方をしてるんだ?)
上半身だけ仰向けに倒れているようになっている涼介を前にして、崇剛は心の中で密かにくすくす笑った。
私の望んだ通りに動きますね、涼介は。
ソファーへ横向きに、自身で倒れています。
こうして、主人と執事の会話が絶妙にずれたまま――いや涼介だけが同性同士の大人の話に勘違いしたまま話は進んでゆく。
執事の左足がソファーの奥でつっかえ、崇剛の右膝は涼介の両足奥――体近くへと差し込まれた。待てないものが何なのか、そっと打ち明ける。
「私の身と心です」
さらに、七をもう一度です。
身も心も危険であるという可能性が87.56%から上がり、92.67%――
冷静な水色の視界の端には窓枠が映っていた。
涼介の思考回路は完全にやられていた。崇剛が何の話をしているのか知らないどころか、最初の言葉が何だったのかさえ覚えていなかったのだ。
「そ、それって……!」
涼介は言葉をつまらせ、驚愕に表情は染まった。
(瑠璃様に断られたショックで男に走った!?)
策略的な主人の手口で、BL妄想の深みへと堕とされて、涼介は崇剛の特徴を忘れ、あり得ない結論に到達してしまった。
血でにじんでいる包帯を、崇剛は涼介のベルトへと伸ばし、わざと手前で止めた。
「私の右手がこれ以上待てません」
恥ずかしいという感情をも、策士は冷静な頭脳で抑え込んだ。
さらに、七をもう一度です。
右側に危険があるのです。
すなわち、ソファーの背もたれで、あることが起きてしまったのです。
服を脱がされそうなニュアンスを思いっきり突きつけられ、涼介は右の手のひらを崇剛の前へ押し出した。
「いや、待て!」
男の操を守りたい執事は頑なに拒んだ。相手が自分でなくてもいいだろうと。
崇剛は涼介の腕を左手で軽々とよけ、そのひらを肘掛けの部分に乗せ、執事の上に上半身を乗り出した。
「従っていただけないのでしたら、こちらのまま『します』よ」
四.涼介が冷静に返答できないように、私が彼に近づく――
強制的に従っていただきます。
冷静な水色の瞳が、純粋なベビーブルーのそれを、上から完全に見下ろす形となった。
涼介はどこへにもずれることも、起き上がることができない体勢に、崇剛によって持っていかれた。さらにBL妄想という奈落の底へ転落したのだった。
「す、する?」
(男同士で、するってことか!?)
春の穏やかな日差しの中で、執事は一人夜色となる。
決して優しい人間ではない、策略的な主人は徹底的なまでに、罠を完璧なものへと変えてゆく。
キスができそうな位置まで、崇剛は涼介に顔を近づけた。主人の遊線が螺旋を描く優雅で独特な声の響きで、こんな意味深な言葉が男ふたりだけの部屋に忍び込んだ。
「えぇ、縛りつけたいのです」
四.涼介が冷静に返答できないように、私が彼に近づく――
五.罠を発動させるために、涼介をうなずかせる――
六.私の言うことを、涼介に聞かせる――
九.髪を束ねているリボンを解く――の四つ同時です。
はずれてしまったので、あるものを縛り直したいのです。
ふたりの斜め上で、風に揺れるカーテンは真ん中のあたりで、縄状のものが波を打つようにひらひらと舞っていた。




