血塗られた夜の宴/10
屋根の上にいた男は大鎌をかかげたまま、山吹色のボブ髪をかき上げた。
「そう、モノマネね。うまいね」
お褒めの言葉が聞こえない次元でかけられているとは知らず、崇剛は心の中で違和感を強く感じる。
(非常に言い慣れませんね、こちらの言葉遣いは)
悪霊に囲まれている状況下で、国立の真似をして、笑いを取るほどの余裕を持っていた。
策略家の罠が一重なはずがなかった。冷静な水色の瞳は至福の時というように、ついっと細められる。
シルバーリングのはめられた神経質な細い手が、乱れた後れ毛を優雅に耳へかき上げた。
私は事実から可能性を導き出す。
どんなにゼロに近くても可能性は可能性です。
急激に可能性が99.99%に跳ね上がることはよくあります。
ですから、自身の勝手な判断や感情で、可能性を切り捨てない。
従って、膨大な不確定要素がデータとして、私の中に常に残ったままなのです。
国立に出会った日から時刻、国立の言葉が一字一句 違わず、自身がそれに何と返したかまで、順番が前後しないまま着実にデジタル化されていた。
崇剛の冷静な頭脳の中を、国立のデータが流れ始めるが、悪霊たちと戦闘中のため、全て指示語で再生されてゆく。
あちら、こちら、そちら……。
国立氏がおっしゃっている、プロレスの技。
気になって調べてきました。
そのため、格闘技の知識は少々ありますよ。
従って、こちらを使って、ダガーがない今戦います――。
聖なる武器――ダガーを奪った幽霊の背後を取った崇剛は、大きく振りかぶって、拳を悪霊の背中へ向かって勢いよくねじり出した。
「ぐはっ!」
「ナックルパンチです」
崇剛に打破された部分を前へ突き出し、ブーメランのように背をそらし、樫の木へ向かって悪霊は宙を横滑りし始めた。
衝撃で奪われた聖なるダガーが、悪霊の右手から夜空へ向かって、縦に回転しながら飛び上がった。
ダガーが落ちてくる間に、迫りくる他の幽霊たちにも、崇剛は次々にシルバーリングを食らわせ、敵の勢いが怯んだ隙に、
シュリュシュリュ……。
縦に回転しながら落ちてきた、ダガーの柄の軌跡を読み取る。
(今です)
瞳の上あたりで、向こう側から細い線を描くように刃先が迫ってきた。このまま握ってしまうと、ダガーで手が切れてしまうが、千里眼の持ち主は絶妙なタイミングで、刃と入れ替わりで次に立ち上がってきた、立派な装飾がされたシルバーの柄をいつも通り逆手持ちした。
崇剛の内で奏でられていた音楽は、ティンパニの強打で曲調が変化した。ソプラノとテノールのフォルティッシモで歌い上げる。
Sors salutis/救いの運命よ。
Et virtutis/美徳の運命よ。
Michi nunc contraria/それらは背を向け、遠ざかる。
Est affectus/心を高ぶらすもの。
Et defectus/失望させるもの。
Semper in angaria/常に女神の意のままに。
止まっていた戦況が再び動き出した。まわりに幾重にも群がる悪霊たち。両手で分身させたダガーを巧みに使いこなしながら、さけては壁などに向かって短剣を突き放す。
磔にしてゆく敵の数が多く、紺の長い髪があちこちに揺れ乱れる。冷静な水色の瞳は氷河期を感じさせるほど冷たかった。
(こちらでは対応し切れない。そうですね……?)
全てを記憶する頭脳に膨大な量のデータを流し始めて、勝つ可能性が一番高いものを選び取った。
崇剛は優雅に微笑んで、両腕を大きく振り払い、悪霊が怯んだ隙に背後へ一気に振り返った。
利き手の人差し指と中指に挟んだダガーを、神経質な左頬へ持ってゆく。左手でダガーの分身を作る仕草をしたが、いつもと違い、いく枚もあるカードを開き持ちするように、弓なり状にゆっくり動かした。




