Disturbed information/13
横になっている状態に近い国立は、若い男のあごを見上げる形で待っていると、男は前かがみになり、心霊刑事の耳元で用件を告げた。
「それが……」
話はすぐに終わり、国立は葉巻を天井と垂直になるようにくわえ、両腕をノックアウトされたようにだらっと落とした。
「……ロストかよ。またひとり、お空に昇っちまったぜ」
机から足を下ろすと、ウェスタンブーツのスパーがかちゃかちゃと騒ぎ立てた。国立は前かがみに座り、シルバーリングたちを膝の上に呼び寄せた。
「恩田は直接手を下してねえのかもしれねえな? ここから出れねえのに、カミさん死んじまったんだからよ」
誰かが手引きをして、元の魂が肉体から抜け出し、転落させたという線は消えてしまった。
元凶である元を拘束しても、関係者が亡くなってしまったことで、捜査は完全に振り出しに戻ってしまった。
「釈放か……」
新しいミニシガリロの箱を開けて、シガーケースにざばっと入れる。調査資料から新しいものをふと取り上げた。
「四月十九日、火曜。九時七分に、崇剛んとこに電話した記録残ってんだよ。今日は二十八日。九日間もお預けすりゃ……」
黒だとにらんだ限りは、潔白が証明されない限り、あの手この手で食らいついてゆく。ハングリー精神旺盛な国立は資料の紙を机の上に乱暴に投げ置いた。
「崇剛んとこに行くだろ? 泳がせっか」
国立はカラになったダヒドフの高級な白い箱を、前を向いたまま片手で後ろへ放り投げた。
山を描くように箱は飛んでゆき、彼の背中にあったゴミ箱にストンと見事に入り、ジャストスロー。
*
結果はどうであれ、ひと段落した事件。定刻通りに退勤した、国立のウェスタンブーツは夜の大通りからはずれた。
個人経営の小さな店が軒並みを連ねる、裏路地へと入ってゆく。四月とは言え、夜になれば肌寒い風に吹かれ、ガタイのいい体は少し猫背になっていた。
――Bar peacock
木の表札がかけられた、洒落た赤いドアの前でふと止まり、シルバーリングのついた節々のはっきりした大きな手で押し開け、国立は親げに声をかけた。
「よう!」
足を一歩中へ踏み入れると、様々なボディーと色調を見せる、酒瓶が何段にも横並びしていた。
ガス灯の数をわざと減らし、薄暗い空間が大人の疲れを癒す。木の匂いが広がる店内には、外国映画のポスターが壁に貼られていた。
丸刈りのいかつい顔をした若い男がにこやかな笑みを向ける。
「兄貴、いらっしゃいっす!」
礼儀正しく頭を下げた男の服装は、白いシャツに黒の蝶ネクタイとベスト。モルトの瓶が飾られている、一枚板のカウンター席の右端へ国立はつこうとする。
背の高い丸椅子を回り込むのではなく、長い足を持ち上げまたいで座った。いつも通りの席を陣取った客に、バーテンダーがこんなことを聞く。
「何にするっすか?」
シルバーのシガーケースをカウンターの上に投げ置き、国立はガサツな声で注意する。
「エキュベルだ。毎回聞くんじゃねえ。いつものすかって言ってきやがれ」
「ウォッカすか? エキュベルは二種類あるっす」
ニヤニヤしながら言ってきた若い男。行きつけのバーなのに、注文を聞き返されるという事件が発生し、カウンターの足元にある壁を、国立はウェスタンブーツで軽く蹴った。
「てめえ、ジンに決まってるだろ! 笑い取るんじゃねえ、そこで。オレはジンのショットオンリーだ!」
「おっす!」
葉巻を一息吸うと、カウンターの左側からグラスがふたつスーッと滑ってきた。




