表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
529/962

Disturbed information/8

 気だるそうにウェスタンブーツの足を床にどかっと下ろし、死んだような目で終業時間を待ちわびている同僚に、国立は一言断った。


「はずす」


 あの骨董店で、真っ直ぐ自分の目を恐れずに見返してきた女。彼女と元がどんな輪廻転生を送ってきたのかは知らないが、人として最低限の礼儀はわきまえるべきだと、国立は思った。


(教えてやらねぇとな)


 椅子から立ち上がった兄貴の脇で、


「じゃあ、俺は戻るっす!」


 若い男は足早に聖霊寮から出て行こうとした。国立はジーパンのポケットから小銭入れを取り出し、一枚つかむと、その後ろ姿へ向かって、コイントスするように親指の爪で弾いた。


「それ、受け取りやがれ」


 濁った部屋の空気中をコインはくるくると回転していきながら、


「礼だ。飲みモンでも買えや」


 若い男が振り向くと、ちょうど胸の前に、コインが飛んできているところだった。両手でしっかりとキャッチする。


「サンキュッす!」


 後輩はペコリと頭を下げて、聖霊寮から勢いよく出ていった。


    *


 聖霊師の度重なる事情聴取の合間。束の間の休息にしたかったが、元は床に視線を落とし、部屋の片隅で両膝を抱えて縮こまっていた。


「な、何なんだ? さっきのおかしな人たちは……。見えないものなんか、存在しないだろう。どうして? 俺がここに……早く家に帰って、知恵の――」


 その時だった。聞き覚えのある、かちゃかちゃという金属音が鳴り響き、近づいてきたのは。元が顔を上げると、国立が鉄格子の向こう側で仁王立ちしていた。


「恩田」

「は、はい!」


 ドスの効いた声に、元は十センチほど震え上がったようだった。そこへ容赦なく、国立から衝撃の言葉が浴びせられた。


「カミさん、さっき入院したぜ」


 悪霊が関係するのか。それとも別の理由でなのか。判断がつかないまま、犠牲者が増えてゆく予感が漂っていた。


 妻の元へ無事に帰れると思っていた夫の表情は驚愕に染まった。


「え、え……!?」


 心霊刑事は部屋の片隅で、小さく丸まるように座っている元と視線を合わせるため、鉄格子に手をかけたまま、ズズーっと金属同士が擦れる音をにじませて、かがみ込んだ。


「白血病だ」

「う、嘘ですよね?」


 元は懇願するように聞き返した。医者がほとんどいない花冠国。その病名は死を意味していた。国立は真剣な眼差しを向ける。


虚言そらごとは言ってねぇぜ」


 気が動転してしまって、元はぼうっと宙を見つめたまま、ぽかんと口を開けて固まった。


「あの女、このままいったら殺されちまうかも知れねえぜ」


 牢屋の中にいる男のまわりで、人が死んでゆくのだ。一人無事なのはこの男だけだ。犠牲者が増えないうちに、事件に片をつけてしまいたいのだ。


 石臼を挽いたようにジャリジャリとウェスタンブーツの底で鳴った。立ち止まっている暇はない。国立のしゃがれた声が牢屋に軋む。


現世うつしよは遊びじゃねぇんだよ。死んじまったら終了ファイナルだ。滅んじまった肉体は、神様でさえ蘇らせられねえぜ」

「そ、そんな……」


 元はやっとそれだけ言うと、床の上に力なく平伏した。頭を抱えて、物言わぬ貝となる。


御幣ごへい[脚注]を持った気違いみたいな人。透明な丸いものを見つめてる人。それから……。もう二日も、変な人ばかりに会って……。気が狂いそうだ!)


 嘆き悲しんでも何も変わることはない。それよりも現実逃避をする弱さ丸出しの男を前にして、国立はあきれた顔をした。


(体に触れる、接触霊視。霊を自分に憑依ひょういさせる、霊媒。道具を使った、水晶霊視。からよ――)


 焦点の合わないぼんやりとした心霊刑事の耳に、元のおどおどした声が割り込んできた。


「――あ、あのぅ……?」

「何だ?」


 国立の鋭いブルーグレーの眼光が、元を刺し殺すように向けられた。


 どうしてもここから出たい元。


 と、


 どうやっても原因を突き止めたい国立。


 ふたりの間で一悶着起きるのだった。





[脚注]神祭用具の一つ。紙または布を切り、細長い木にはさんで垂らしたもの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ