主人と執事の大人関係/2
涼介と瞬が不思議に思ってそっちを見ると、紺の長い髪の持ち主はひとつだけ空いている席へ、冷静な水色の瞳を向けて、こんなことを突然口にした。
「何かあったのですか――?」
そう言う崇剛の心の内は、
こちらで、涼介が聞き返してくるという可能性は99.99%――
こちらで、瞬が五つ先で質問をするという可能性は45.97%――
食堂にいる誰かに問いかけたのでもなく、霊感のない執事は簡単に主人の罠に引っかかってしまった。
「だから、通訳してくれって。一人で話すな、そこで。お前おかしな人になってる」
そばに控えていた使用人にとっては昔からのことで、崇剛ぼっちゃまは小さい頃から誰もいないところに向かって話していたのだ。
今は亡き先代は優しい方で、やめさせるでもなく、本当に誰かがいて話しているのだろうと判断し、否定するような扱いは決してしないようにと言いつかってきた。
崇剛は涼しい顔して、最終確認を取る。
「言ってしまっても、よろしいのですか?」
「そこで、こそこそ話されるほうが気分がよくない」
椅子の下で、アーミーブーツの足先はイライラと床に軽く叩きつけられた。
(どうして、今日は一回確認するんだ? いつもしてこないくせに……)
執事は違和感に気づいたが、主人の中ではこんな計算がされているとは思いもよらなかった。
涼介が困るという可能性が78.98%――
瞬があなたに質問してくるという可能性が78.98%――に変わりました。
同じ数字です。
すなわち、瞬が質問することで、あなたが困るということを指しています。
崇剛はさっきくすくす笑った重要な会話の内容を、密かに悪戯という光を瞳に宿しながら告げた。
「瑠璃さんはこちらのように言っています。『ラジュのお陰で遅れおったわ! 霊力使いすぎて倒れおった。あやつ、我を弄びおって!』だそうです」
主人は決して嘘は言っていなかった。崇剛はロイヤルブルーサファイアのカフスボタンを線の細い体の前へ寄せ集め、両手をテーブルの上で優雅に組み、予想した通りに乙葉親子が動くのを待った。
「…………」
そうして、策略家が罠を仕掛けた言葉から五番目の会話――。その通りに、小さな子供――瞬が足をパタパタさせながら父に質問した。
「パパ、もてあそぶって、なに?」
「そ、それは……!」
毎日のように、BL罠に陥れられている涼介は言葉に思わずつまり、主人の罠が何だったのかここで初めて気づいた。
(お前また罠を仕掛けてきて! その意味って……)
優雅に微笑んでいる崇剛の冷静な水色の瞳と、何とも言えぬ顔になった涼介のベビーブルーの瞳は、オレンジ色の炎が揺れる夜色の中で絡み合う。
そうして、策略的な主人によって、執事はBL妄想へと強制送還されてしまった――
*
――青白い月明かりが斜めに差し込む部屋。
明かりが全て消された空間に、カツンカツンと硬いもの同士がぶつかる音が、体中を舐めるようにはいずり回る。
涼介の上半身はいつの間にか露出させられたまま椅子に座らされていた。動こうとするが、
「っ!」
彼の男らしい腕は後ろ手にしてロープでキツく縛られていて、抗おうとするたび、紐は深く食い込む。
斜めに入り込む月影に、カツンカツンという音をまといつかせながら、茶色のロングブーツがチラチラと映り込んでは、姿を消してをリピート。
視線を上げると、主人の女性的な長い紺の髪と線の細い体が、神経質な横顔を見せて右へ左へ行ったり来たりしていた。
下からはい上がるエロスは、夜色に染まった貴族服に強調され変革を遂げた。残忍な快楽に酔いしれる、人の歪んだ欲望へと。
主人の腰のあたりで組まれた手の中にある、聖なるダガーの刃は享楽に恍惚とし、執事を痛ぶり尽くすような艶麗な光を放っていた。
感覚的な執事の妄想はかなり想像力豊かで、SMみたいなシチュエーションを勝手に作り出していた。
その上、屋敷にきたばかりの頃に、主人からよく仕掛けられていた罠を、めくるめく空想に率先して招き入れてしまい、崇剛の上品なイメージが崩壊したまま話は進んでゆく――。




