夜に閉じ込められた聖女/5
聖女は思う。この目の前に立っている天使が人間ならば、とうの昔に信用を失っているであろうと。
それなのに人が次から次へと集まってくる。まわりにいる天使がよく騙されたとぼやいているのを聞く。しかし、本気で怒っている天使を見たことがない。ここまでくると、特異体質としか言いようがなかった。
それでも、瑠璃は若草色の瞳をついっと細め疑ってかかる。
「お主、ほとんどが戯言であろう。誠なことなど口にせぬであろう?」
「真実は人それぞれ違います。ですから、私が真実だと思えば、そちらが真実です。すなわち、本当のことになります〜」
にっこりと微笑むラジュだったが、よく聞けば筋の通っていない話で、瑠璃は盛大にため息をつき、人差し指を天使に突きつけた。
「お主! 長い言葉で我を惑わせようと企んでも無駄じゃ! 嘘は嘘であろう!」
そうして、ラジュの綺麗な唇からこの言葉が出てくるのだった。
「おや〜? バレてしまいましたか〜」
相手にすぐわかるように、負ける罠を次々と仕掛け、嘘だと堂々と認める。そんなオチを繰り返している天使。
「はぁ〜……」
さすがの聖女も返す手がなくなり、盛大にため息をついた。こうやって、いつも天使は聖女を負かしてから、本題に入るのである。
「除霊のお札を作っていただけませんか〜?」
瑠璃は姿鏡からベッド脇の空きスペースへ、すうっと空中を横滑りして移った。
「いかほどじゃ?」
「二百といったところでしょうか?」
一枚一枚、念を込めて作ってゆくお札。膨大な数を要求してきた天使へ、瑠璃は射殺すような若草色の瞳をやった。
「お主、我を亡き者にする気であろう! 霊力が根こそぎなくなるわっ!」
死を知らない世界に住む天使はにっこり微笑んで、聖女へ不謹慎発言を放った。
「瑠璃さんは死にませんよ〜、もうすでにご臨終ですから。魂は永遠に不滅です。まれに消滅することがありますが……。うふふふっ」
カバーしているようで、さりげなく最後に地獄へと突き落とすようなこと言う。ラジュは昼間の出来事を思い出し、含み笑いをやめた。
「ですが、気絶はするみたいですよ?」
「また戯言か? そのような話は初耳じゃ」
聖女が振り返ると、漆黒の長い髪が背中でサラサラと揺れた。彼女よりもはるかに長い時を生きているような、凄みを感じさせる怖いくらいの笑顔で、ラジュは昼間の無慈悲事件を告げた。
「旧聖堂で今日、崇剛が気絶しましたよ?」
あの時間帯は眠っていたが、その場に行かなくても手に取るように何が起きたのか、瑠璃にはよくわかった。
「お主……そうなると知っておって、わざと放っておいたであろう? 手助けのしようがあったのに、しなかったであろう?」
「おや? バレてしましましたか〜。最初から私も参戦すれば、崇剛は倒れずにすみましたよ〜」
崇剛が参列席から立ち上がるよりも前から、ラジュは戦闘になると知っていた。それなのに、降臨せず、実験結果が出るのを待っていただけだった。
聖なる光るローブに身を包み、キラキラと輝きながら微笑んでいる天使に聞こえないように、瑠璃はぼそっとつぶやいた。
「崇剛も難儀よの。あの時も、その時も……。ラジュのおかげで窮地に陥れられておったからの」
「おや〜? 何か言いましたか〜? ささやいても無駄ですよ。守護天使には守護霊の心の声が丸聞こえですからね〜?」
ニコニコ笑いながら地獄へと蹴落とし、さらに地面を掘って生き埋めにするような、残忍さが天使から垣間見えた気がした。
瑠璃は寒気に急に襲われ、慌ててプルプルと頭を横へ振った。
「な、何でもあらぬ。三百億年生きとると、我とは比べものならいほどの凄みがあるの」
崇剛の守護をするようになってから三十二年。二百ものお札が必要なことなどなかった。瑠璃は若草色の真剣な瞳を、何を考えているのかわからないニコニコしている天使へ向ける。
「何故、それほど数がいるのじゃ?」
「そちらは教えられません。瑠璃さんたちの魂の修業になりませんから」




