夜に閉じ込められた聖女/4
真正面へ向き直った瑠璃に、天使は優しく微笑み、死んでしまった少女はほっと胸をなで下ろした。
「転生するの?」
いい話になりそうだったのに、ラジュはゆっくりと首を横へ振って、
「いいえ、瑠璃さんは物質界[脚注]へもう少し留まっていただきます」
さっきと逆の話を平然としてくる天使。神秘的な光を浴びながら、瑠璃は何とか惑わされないように聞き返した。
「どうして?」
さっきまでの遊び気分は身を潜め、宇宙の心理を説くように、ラジュは話し始めた。
「今から六十八年後に神が与えるメシア――千里眼を持った者が名もないままこちらへやってきます。その者の守護霊となっていただきます。その者はのちに、崇剛 ラハイアットと名づけられます」
「守護霊?」
瑠璃が質問すると、ラジュはまた背後の窓辺へ移動し、月明かりを頭上から浴び、聖なる光と重ね合わせる。
「心配はいりませんよ、簡単なことです。その者に手を少し貸せばいいんです。そちらで、あなたの魂も自然と磨かれます。人が本当に幸せとなることをするのが、己の魂を磨くための絶対条件ですからね」
「磨かれる?」
ラジュが後ろで手を組み、首を少しだけ傾げると、金の長い髪がサラサラと白いローブからこぼれ落ちた。
「あなたと神次第ですが、天使になれるかもしれませんよ〜? うふふふっ」
「天使……?」
瑠璃は天使の輪っかと翼が自分についたら、どんな姿になるか想像すると目をキラキラ輝かせた。
そこで、男性天使はにっこり微笑んで、「えぇ」と短くうなずき、こんな言葉を少女へかける。
「そのようになった暁には、私があなたを手中に収めましょうか? 私はまだ結婚していませんからね〜。うふふふっ」
「え……?」
純粋な八歳の少女には意味がよくわからず、瑠璃は目を丸くした。
*
意識が現実へ再び戻ってきた。あれから百年もともに過ごしてきた戯言天使を前にして、瑠璃はため息まじりにぼやいた。
「百年も我を口説きおって……」
ニコニコしていた天使はこめかみに人差し指を突き立て、珍しく困った顔をする。
「失念していました。今日は他に用があって来たんです〜」
ツルペタな胸の前で腕を組み、瑠璃は訝しげな視線をやった。
「お主、申さずに帰ろうとしたであろう?」
「おや? バレてしまいましたか〜」
堂々と認めた腹黒天使。降臨だけしておいて、負けることをする――仕事をしないで帰ろうとしていたラジュ。
失敗することが好きな無慈悲極まりない天使を、瑠璃はギラリとにらんで冷たく言い放ってやった。
「お主、邪神界側の堕天使であろう?!」
昼間の旧聖堂で、同じようなことを崇剛にも言われたと思いながら、ラジュはまったく懲りていなかった。
「おや? 瑠璃さんも手厳しいですね。うふふふっ」
百年――いや崇剛が屋敷へきてから三十二年も深く付き合ってきた瑠璃は、何を言っても無駄だと判断して、面倒くさそうに話を先へ進めた。
「何じゃ?」
「お札を作っていただけませんか? 必要になるかもしれませんよ」
負ける策略しかしてこない天使を前にして、聖女は疑いの眼差しを思いっきり浴びせた。
「お主、ガセではないであろうな? 以前作って、まったく使わなかった時があったではないか?」
さっきから人を騙してばかりの天使はにっこり微笑み、こんな言い訳をした。
「おや? 私は嘘は言いませんよ〜。そちらは瑠璃さんの修業になるかと思って、嘘をついて作っていただいたんです」
[脚注]この世




