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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
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夕闇を翔る死装束/9

 そこまで考えた時、はつらつとした少し鼻にかかる声が心配そうに割って入ってきた。


「――どうした? 瞬」


 崇剛と瞬が屋敷のほうへ振り返ると、廊下のガス灯が手前からひとつひとつ灯されてゆくのが見えた。


 それに少し照らし出された涼介が近づいてきて、瞬はさっきまでのことをすっかり忘れ、嬉しそうな笑顔になった。


「パパっ!」


 走り寄ろうとしている瞬の手が空っぽなのを見て取った父は、何かあったのだとすぐに直感しながら、現実的な話をした。


「お前、イチゴどうした?」

「え……?」


 瞬は走り出すのをやめて、慌てて両手を顔の前へ持ってきた。空っぽなことに今気づいて、目を激しくパチパチする。


「あっ! わすれてた!!」


 冷たくなってしまった芝生には、小さな影が大慌てて石畳へ向かって遠ざかってゆく影があった。


 瞬は起きっぱなしにていていたカゴを取りにいき、落とした衝撃で散らばったイチゴを丁寧に取り上げてゆく。


「こっち、あ、こっちにも!」


 視線は息子を追いかけていたが、涼介は小声で崇剛にだけ聞こえるように問いかけた。


「また見たのか?」

「そうみたいです」


 息子は時々誰もいない場所に向かって話しかけたりする。幽霊が見えることを否定するつもりはないが、安心できる存在でないのも確かだった。


 崇剛はまた落ちてしまった後れ毛を神経質な指先で耳へかけるが、東の空と同色と化していた。


「ですが、幽霊とは違――」

「パパ、ぜんぶひろったよ!」


 瞬の幼い声で大人の会話は途切れてしまった。涼介は息子を心配させないように、すぐさま笑顔になる。


「よし、中に入って料理だ!」

「うんっ!」


 乙葉親子が歩き出すと、屋敷の廊下を照らすガス灯が東の一番奥まで全てついた。崇剛は一日の終わりを肌で感じながら、涼介たちのあとを追う。


 0.01ミリのズレも許せない主人の観察力はいつでもとても敏感で、冷静な水色の瞳に今映っているものを一瞬にして全てを記憶し、涼介のホワイトジーンズの後ろポケットで、視線はピタリ止まった。


 おかしいみたいです――


 緑の弓状の葉っぱが何枚か顔を出していた。全てを記憶している主人は、数々の書物の中から、執事がポケットに入れている植物と合致している情報だけを取り出した。


 スズランの葉であるという可能性が87.67%――


 それだけならよかったのだが、神経質なあごに軽く曲げた指先を当てて、過去に同じような出来事が執事の、後ろポケットという現場で起きていたこともしっかり覚えいていた。


 去年の四月十七日、月曜日――

 十七時三十五分三十五秒にも、涼介は同じことをしていましたよ。


 楽しげに話しながら玄関へと向かう親子の背後で、崇剛は慣れた感じで、懐中時計をズボンのポケットからそっと取り出す。


 十七時三十七分二十五秒――

 そうですね……?

 今回も同じ目的であるという可能性が98.78%――


 しかし、事実ではない。ここで主人が執事に注意をすれば、間違っていた時、気まずい想いという序曲が奏で始められるものだ。そういうわけで、主人は執事に疑問形を投げかけて、情報収集をする。


「涼介、ズボンのポケットに入っているものはなんですか?」

「スズランだ――」


 崇剛の中にあった可能性が美しくもなが大胆に変化する。


 スズランの葉であるという可能性は87.67%から上がり、100%――

 事実として確定です。


 二回も同じ葉っぱが、執事のポケットに入っているとなると、ありとあらゆる見聞きしたものを覚えている崇剛は、さすがに見過ごすことができなくなった。


「何に使うのですか?」


 遊線が螺旋を描く弄び感はどこにもなく、優雅ではあるが猛吹雪を感じさせるほど冷たい声色だった。


 涼介は崇剛と視線を合わせずに、一番星が煌き始めた夜空を見上げ、いつもハキハキと言うのに、やけに歯切れがよくなかった。


「あ……あぁ、飾るんだ」


 花はなく葉っぱだけ。涼介のポケットに入っているのは、夜色ににじむスズランの葉っぱだだけ。


 策略家の異名を持つ崇剛が見過ごすはずもなかったが、前を向いて瞬と一緒に歩いている涼介は、白羽の矢が主人から立てられたとは夢にも思わなかった。


 スズランはあちらの用途で使うという可能性が87.65%――

 そちらは到底許されることではありません。

 そうですね……?


 執事と反対に、素直ではない――まわりくどい崇剛は至福の時というように優雅に微笑んだ。


(涼介にはこちらのことを、どのようにして懺悔していただきましょうか?)


 そこで、ブランデー事件が起きた自室での、執事の言葉が鮮やかに蘇り、


『お前今日は、フォーティーワンだ。それでチャラにしてやる』


 冷静な水色の瞳はついっと細められ、悪戯少年のような光が宿った。


(ダーツの約束を今夜していましたね。そちらの時にしましょうか)


 ハーフムーンが樫の木の向こうで星空に止まっている。夜のとばりが降りたベルダージュ荘で、何かが起こりそうな予感が色濃く漂っていた。

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