優雅な主人は罠がお好き/4
メシアが発する強い力の影響でよく倒れる崇剛。気を失っている彼をいつも運ぶ涼介は、驚いた顔をした。
「最近物騒になったってこの間話してたよな。それが原因か?」
執事は少し前かがみになる。主人の長い髪のせいで、体調の良くない女性に、男が近づいたみたいな、シチュエーションへと知らずのうちになっていた。
策略家は本のページをパラパラとめくるように、好機がめぐってくるのを待つ。
「それから脱力感もあるみたいです」
涼介はさらに前に身を乗り出し、ひどく心配した。
「今までそんなことなかったじゃないか。お前無理しすぎなんじゃないのか?」
崇剛は利き手とは反対の指先でこめかみを抑え、涼介が立っている側のそれはフリーにしておく。
「熱もあるかもしれませんね」
「どれ? 触らせてみろ」
執事は無防備に主人の額に向かって腕を伸ばし始めた。水色の冷静な瞳がチャンスは見逃さないというように、ついっと細められる。
(罠にはまっていただいて光栄です――)
わざと自分から遠く――斜向かいにある涼介の右手首を、自分の右手でしっかりとつかみ、素早く崇剛の膝の上――白いシーツの海へ斜めに引き寄せる。
「っ!」
反動でバランスを崩した涼介の体を扱うのは簡単だった。ひねるように引っ張り続け、執事の前後がコマが回転したように空中で逆になり、彼が背中に強い痛みを感じると、
「っ!」
主人の膝の上に、執事が仰向けで倒れ込んでいた。思わず目を閉じた涼介が状況を把握する前に、中性的な雰囲気の崇剛は顔を上からのぞき込み、戸惑わせ感のある独特の声を響かせた。
「――あなたと私のふたりきり。これから、私の望むままにあなたの身も心も、私へと捧げていただきましょうか?」
涼介を拘束しているのは今は右手首だけ。冷血なほど勝利を欲しがる主人は執事が逃げられないよう、次の手を素早く打つ。
涼介の右手首を引っ張ったまま、反対の手を彼の脇に置くと、ぐっとベッドのへこむ場所が変わった。これで執事は主人の膝の上からずれ落ちることができなくなった。
上質なシルクのブラウスは、洗いざらしのシャツの上へ身を乗り出す。そうして、執事は主人の膝の上から起き上がることも許されなくなった。
涼介が目を開けると、逆立ちしているように相手が逆さまになっていた。主従関係を超えて、膝枕をしていた執事に主人がキスする前みたいなシチュエーションだった。
冷静な水色の瞳。
と、
純粋なベビーブルーの瞳。
が吸いついてしまうように、お互いを見つめあって、唇は動くこともなかった。
「…………」
「…………」
春の日差しの中で小鳥のさえずりがする健全な外とは違い、魔法か何かで切り離されたみたいに、色欲漂う夜のようになってしまった主人の寝室。
双方の呼吸と匂いが、男ふたりだけの部屋で混じり合う。春風が強く吹くと、崇剛の長い髪が、シーツの上でさらさらと揺れ動いた。
執事が額に冷や汗をかくと、主人が執事を押し倒しているように見えてしまう、男ふたりだけの寝室。
「さっ!」
涼介が話し出そうとすると、崇剛の髪を束ねていたターコイズブルーのリボンがちょうどはずれ、紺の長いそれが涼介の頬に落ちてくすぐった。
「っ……」
執事は思わず変な悲鳴を上げそうになったが、囚われの身の彼は頭をぷるぷると振るが、主人の髪の絶妙な感触に悪寒が走りながら、結婚指輪をしている手でシーツをキツく握りしめる。
「さ……」
ターコイズブルーのリボンがベッドの上に、絡み合う蛇――エロティックを連想させるようにサラサラと解けて落ちた。
戸惑いという言葉が戸惑ってしまうほど、もつれた言葉が執事から出てくる。
「さ、ささ……さ、捧げるってどういうことだ?」
罠を仕掛けた主人の頭脳は今も正常に稼動中。さっき確認した時刻のデータを使う。
「瞬――子供は来ませんからね。あなたと私だけで、『大人の話』をしましょうか?」




