Sacred Dagger/4
死という恍惚とさせるものの中で、崇剛の紺の髪は戦闘で乱れに乱れ、神経質な頬で淫らに絡み合っていた。
悪霊たちの怪力で、両腕はさらに高くへと引き上げられ、茶色いロングブーツは床から離れ、屈辱的な拷問を容易に想像させる吊り責めの形となった。
幽霊たちの優越感が不透明水彩絵具で塗りつぶすように冒涜する。
「それを寄越せ……」
「それがほしい……」
このままでは、本当の意味で犯さる――穢されてしまう。そのはずなのに、崇剛の崇剛の優雅な笑みは健在だった。
(困りましたね。生者必滅でしょうか)
自由が奪われた神父の冷静な水色の瞳はついっと細められた、至福の時というように。
(ですが、こちらで、勝つ可能性が非常に上がりましたね)
この場を乗り切るために、崇剛はわざと今の状況へと自分自身を陥れていた。つまりは冷静な策略家の聖なる誘いの罠だった。
「それがほしい……」
崇剛の魂底へと向かって、次々に青白い手は濁流のように伸びてきて、霊力とメシアを根こそぎ奪われるそうになった。
どこの世界からもいなくなる――消滅。輪廻転生も叶わない、本当の死を突きつけられる。
それでも、崇剛の優雅な笑みは絶えることなく、恐怖という文字は己の辞書にあるが、冷静な頭脳で簡単に封印してしまえる千里眼の持ち主は、姿を現さない人へ問いかける。
「こちらのままでは、私が天へ召されますが、よろしいのですか?」
彼の中で勝算が上がってゆく。
魂の姿形――霊体。神――主に祈りと感謝を欠かさない神父の霊体には、首からかけられた銀のロザリオがあった。かろうじて、その聖なる力によって、神父の魂――命は守れていた。
敵の数が多すぎて、体を左右へねじさけてを繰り返しているうちに、霊体の髪を束ねていたターコイズブルーのリボンは、スルスルと床へ落ちた。
紺の長い髪はとけ、崇剛は急に女性的になってしまった。悪霊たちから死という強姦を受けているような有様だった。
しかしまだ、聖霊師は優雅に微笑み続け、冷静な瞳にはどうしようもないほどの数の悪霊を映しながら、
「また何か他のことをされているのですか?」
その時だった――
すぐ後ろ――聖堂の壁と重なるように、二メートル超えの背丈で、腰までの長い金髪の人が、天国からにわかにすうっと降臨した。
真っ白なローブを着て、頭には天使の証である光る輪っか。背中には立派な翼が広げられていて、どこからどう見ても聖なる存在だった。
「おや〜?」
緊迫した戦況なのに、ゆるゆる〜と語尾が伸びていた。
目は心の窓とよく言う。こんな言葉は存在しないが、誘迷で邪悪なサファイアブルーの瞳を持つ人物が、崇剛を守護する天使――ラジュ。
「名前を呼んでいただかないと、登場しませんよ〜」
悪霊を成仏させることもせず、自分のそばで死という再生不可能なものを迎えようとしている守護するべき人間――崇剛に向かって、女性的な凛sとして澄んだ声がおどけた感じで非道に浴びせられた。
ニコニコした横顔を見せている天使を、冷静な水色の瞳がちらっと見やる。
「先日約束しましたよ。名前を呼ばなくても浄化してくださると」
神父ははっきりと主張したが、人差し指をこめかみに突き立て、ラジュは困った顔をした。
「おや〜? そのようなことを約束しましたか〜?」
と言いながら、心の中で覚えていると思っている。嘘つき天使。
悪霊と邪悪な天使の狭間で、崇剛の優雅な声が舞い続ける。
「早くしていただけませんか?」
消滅するかもしれないという状況下で、催促したのにもかかわらず、ラジュからはこんな残酷な言葉が浴びせられた。
「崇剛の成仏したところを見たいと思いましてね? うふふふっ」
すっかり殺す気の天使。
迫ってきている悪霊たちと対峙しながら、崇剛はもう何度聞いたのかわからないことを質問する。
「なぜ、あなたは負ける可能性が高いものを選ばれるのですか?」
「人が負けて死ぬところを見たいんです〜。うふふふっ」
邪悪ではなく、これはピュアなのだ。ラジュの心の内はこうだからだ。
(天国へと人々を導く、私の仕事が増えますからね〜。人が死ぬという可能性の高いものを選びますよ〜)
そんなラジュとは真逆の、生きる可能性が高いものを選ぶ人間の崇剛は、心の中で優雅に降参のポーズを取った。
「私とは違うみたいですね、ラジュ天使は」




