逢魔が時/3
「好きでなったんじゃねえ。オレはガキか。見えねえもん、フィーリングするようになってちまって。純真無垢ってか」
神だか何だか知らないが、珍奇なものを自分にくれた野郎に、兄貴はことあるごとに文句を言っていた。
聖霊寮のよどんだ空気に喝が入り、同僚たちは一瞬びくついたが、いつものことだった。ウェスタンスタイルで決めている男は机を蹴ったり、物を投げたりと色々雑なのだ。
一年前から始まった爆音の原因を突き止めて、他の職員たちはすぐに死んだような目で、それぞれ時間をつぶし始めた。
若い男は興味深そうに、国立の手元をのぞき込む。そうして、四枚の写真を見つけ、聖霊寮の応接セットを時々訪れて、高貴な花を咲かせてゆく男を思い浮かべた。
「あの人んとこ持っていくんすか?」
「崇剛には頼れねえ。やっこさん、ここんとこ出ずっぱりだ。またぶっ倒れんぜ」
国立は少し厚みがある唇にミニシガリロを挟み、青白い煙を黄昏気味にふかす。
邪神界の手口は巧妙になり続けていて、メシア保有者の崇剛でないと、解決できない事件が増えてきた。
目に見えないが、誰かの命がいつも隣り合わせの事件たち。それなのに、他の職員は何もしない。そんな中でもひとり勇猛に立ち向かっている兄貴。
その背中をいつも見てきた若い男は目をキラキラ輝かせた。
「兄貴、優しいっすね!」
「袈裟斬りチョップ!」
後輩のトゲトゲ頭に、国立の手が直角にスリッパでスパーンと叩くように落とされた。心霊刑事の胸元で、ふたつのペンダントヘッドがチャラチャラとぶつかり合う。
プロレスの技をまともに食らった男は顔を歪めて、頭を思わず両手で押さえた。
「痛えっ!」
「チョップは座っててもできんぜ」
フェイントをかけた国立は満足げに微笑んだ。軽く息を吐いて、葉巻を灰皿に投げ置く。
「とりあえず、他の聖霊師あたっか」
兄貴は手に持っていた事件データの紙を机の上は少し乱暴に置いた。すると、砂漠を猛スピードで走り込んできて、急に止まったように塵が舞い上がった。
ひと段落した会話――。
若い男は両手にひとつずつ持っていた缶コーヒーを、右手のだけをさっと差し出す。
「買ってきたっす!」
受け取ったはずみで、缶にシルバーリングが当たり、カチャンという音が聖霊寮の不浄な空気ににじんだ。それはまるで、何かの試合が始まるゴングが鳴ったようだった。
男らしい厚い胸板の前へ缶を持ってくる。出てきた文字が文字なだけに、穴があくほどよく凝視する。
三十八歳の国立。視力は極々良好。老眼の走りかと言えば、今のところ支障なし。
缶コーヒーとキスでもするのかを思うほど、顔の近くへ持ってきた。焦点が合わないことで、ある意味文字化けを起こす。
そうして今度は、銀河系の一番外側を回る惑星のように、手を最大限に離して、その文字をブルーグレーの鋭い瞳に映してみた。
だがしかし、その文字は一年前と変わることなく同じだった。国立のガサツな声があのセリフをリバイバルさせる。
「オレの目がおかしくなってんのか?」
「おう?」
「てめぇ、また無糖買ってきやがって!」
国立は缶コーヒーを、若い男へ向かって豪速球で投げつけた。キャッチした男は自分の持っている缶とそれを見比べて、すぐさま左手を差し出す。
「間違ったっす! これは俺んす」
無糖を飲む若造の胸を、兄貴は手の甲で軽くトントンと叩いた。
「ガキのくせに、無糖なんかドリンクしやがって」
カフェラテを渡しながら、若い男はにやけながら軽いジャブを放ってくる。
「兄貴もそろそろ卒業したらどうっすか?」
「うるせえ! オレは味覚がガキのまんまなんだっつうの!」
国立は今もしっかり座ったまま、技の名前を叫んだ。
「受けろ、シャイニング ウィザード!」
「おっす!」
若い男は両手をキツく握りしめ、構えの姿勢を取った。
しかし、兄貴は放置して片手で缶を開け、シガーケースをジーパンから取り出した。慣れた感じでロックを右手だけではずす。
「座ってる状態でできるか! アホ」




