Beginning time/4
罪科寮では敏腕刑事だったが、聖霊寮では新人。それなのに、態度デカデカで椅子に浅く座り、ウェスタンブーツの両足を机の上へ放り投げた。
昼寝をする要領で帽子を顔の正面へずらし、両手を腹の上で軽く組む。目を閉じてゆったりと呼吸をしながら、ここ一週間のことをまぶたの裏でなぞる。
(飼い殺し、墓場だ。他じゃ扱えねえ代物ばっか、適当に回してきやがって)
炎天下でさらに炙られるように熱風に吹かれる、うだるような暑さ。どうしようもなく気だるいようなため息をもらす。
「はぁ〜……」
遠くのほうでさっきからまったく仕事をせず、談笑している声が聞こえてくる。
(だいたい、ここにいる野郎ども、オレ含めて霊感なんて珍奇なものは持ってねえだろ。っつうことは、聖霊師に頼まねえと、仕事は進まねぇってことだ)
一週間近く軽くさらってきた事件の記録が頭の中で迫ってきては、あっという間に遠ざかってゆく。
(普通に考えりゃ事故だろ、全部ここにあんのは)
国立は足をどさっと乱暴に落として、無造作に積まれた紙の山から一枚無理やり引っ張り出した。
放置と忘却の彼方という名がふさわしい紙の塔が、絶妙にバランスを崩す。それを気にすることなく、国立の鋭い眼光は紙へと向けられた。
「度重なる衝突事故。多額の保険金……」
投げ捨てるように事件資料は机の上に乗りそびれて、床へ向かってひらひらと舞い散った。節々のはっきりした指先で、藤色の頭をガシガシと強くかく。
「れは、あっちじゃねぇのか? 保険金目当ての当たり屋だろ、ノーマルに考えりゃ。『度重なる』ってのがお化けさんとか関わんのか?」
あのトンネルで、あのカーブで事故が多発する。よく聞く話だが、見通しが良くないのが理由だろう。
バカバカしくなってしまい、机の下で足を乱暴に組み替えた。同僚がビクッとしているのを放置して、国立はまた長いため息をつく。
「はぁ〜……。オレはシャバだからよ。聖霊師の気持ちもわかんねぇし、生きてる世界が異質だろ」
否定するつもりはないが、受け入れるつもりもない。四十近くにもなると、そうそう他人の意見に流されなくなってくるものだ。
ポケットから銀のシガーケースを取り出し、右手のひらでロックを外してパカっと開くと、赤茶のミニシガリロはどこにもなかった。
後悔先に立たずで、国立は藤色の短髪をガシガシとかき上げる。
「さっきのが最後ってか。あげちまったもんはしょうがねぇしな。タバコでしのぐか」
ミニシガリロは高級品。デーパトなどに行かないと手に入らない。
国立は椅子から気だるそうに立ち上がって、ウェスタンブーツのスパーをかちゃかちゃと鳴らしながら、タバコの煙でモヤがかかっている聖霊寮の部屋から出ていった。




