今回は役名が別にあります
壁にレイシングカーのポスターがあちこち貼ってある部屋で、貴増参は小説を読んでいた。窓から入り込む初夏の風はふわりとレースのカーテンを抜けて、頬を優しくなでる。
あと一ページで完結。ページをめくり、最後まで読み終えると、貴増参はにっこり微笑んだ。
「これは、とても面白い。ぜひ、彼女にやっていただきましょう」
ロッキングチェアから立ち上がると、貴増参は瞬間移動で消え去り、残された椅子はゆらゆらとまだ漕いでいた。
全体的に淡いピンクと紫の線で作られた部屋。颯茄は机の前に座って、パチパチとパソコンを打っていた手を止めて、よく見慣れた本を手に取った。
中身は読まなくても彼女はわかっていた。だが、貴増参が今これを持ってきたことに、不思議そうな顔になった。
「え……? これをですか?」
「ええ、みなさんで撮るのはいかがでしょう?」
「いいですけど……人数が足りないです」
登場人物が何人いて、どんなキャラクターが出てきてを暗記している颯茄は、少し戸惑ったが、貴増参は力強くうなずいた。
「そこは臨機応変といきましょう」
夫婦二人で話していると、もう一人部屋の中にいきなり立った。のんびりとした声が聞こえてくる。
「何やってんの?」
「ああ、燿さん。いいところに」
「なーに?」
颯茄の手の中にあるものを、燿はのぞき込んだ。
「既存の作品に、燿さん出たいですか?」
「俺の出番があるならね」
「ないんです」
燿は少しだけ驚いた顔をする。
「あらま。じゃあ、俺は今回欠席ってことで」
「いや、私も出ないので、一緒に演出を考えませんか?」
「いいよ」
「悪との対決が出てくるんですけど、燿さん、邪神界にいたから、適任じゃないですか?」
「こんなところで役に立つとは思わなかったねえ」
燿は上の世界から降りてきていて、邪神界の発足メンバーになれと命令されて、やっていた時期があるのだ。
陛下に倒されたあとは、地獄へと落ちたが、そこから出てきて、晴れて他の人と同じように生活を送っている。
「あ、それから、雅威さんも――」
颯茄が言い終わるうちに、本人が瞬間移動してきた。
「呼んだか?」
「ちょうどいいところへ。新しいお芝居をやろうとしたんですけど、昔書いた台本なんで、雅威さんが出てこないんです」
「燿も出てないってことか?」
「そうなんです。私たちは演出に回ろうと思ってるんですけど、雅威さんはどうしますか?」
「見学させてもらおうかな?」
「そうですか。じゃあ、三人で見てましょう」
颯茄は本をパラパラとめくって、珍しく笑顔になる。
「じゃあ、さっそく今日の夕食で発表しましょう」
*
麺から作り上げたというラーメンを食べたあと、食後のお茶をしながら、颯茄は大きな声を張り上げた。
「はい。みなさん。注目〜!」
「また何か書いたのか?」
夫たちがこちらに視線を殺到させた。部屋から瞬間移動させた紙袋から、台本の束を、颯茄は取り出しながら、
「書いたには書いたんですが、これは貴増参さんからの提案で、以前書いた作品を演じるというのはどうでしょうか?」
「タイトルは何だ?」
「心霊探偵はエレガントに〜karma〜です」
みんなに聞かれると、颯茄は意気揚々と答えた。
今日も椅子の背もたれに座って、器用に倒したり戻したりをしている焉貴が、
「あれだよね。お前が書いた初作品で、アニメ部門で一位取ったやつ」
「そう、それです」
颯茄はそう言ったが、少し表情を曇らせた。
「ただ残念なことに、役が二人分足りないんです。まだ燿さんと雅威さんに出会っていなかったので。だから、燿さんは私と一緒に演出をすることに、雅威さんは見学をすることになりました」
「女性の登場人物は子供だけでしたから、あなたも演じないのですね?」
紅茶のカップに長い指先を絡ませながら、光命が同意を求めた。
「そうなんです。今回は衣装を作ったり、台本を直したりに全力投球しようと思っています」
「悪と対峙するところは、俺が担当するから」
燿が言うと、夫たちは声をそろえた。
「この家でこれ以上の適任者はいない……」
「というわけで……」颯茄がそこまで言うと、瞬間移動で白板が近くに現れた。マジックペンのフタを取って、彼女は立ち上がる。「今回、登場人物と名前が違います。なので、今から白板に書きます。覚えてください」
文字が書かれ出した。
崇剛 ラハイアット/光命
乙葉 涼介/独健
国立 彰彦/明引呼
ラジュ/月命
カミエ/夕霧命
ダルレシアン ラハイアット/孔明
シズキ/蓮
クリュダ/貴増参
アドス/張飛
ナール/焉貴
颯茄は書く手を止めて、夫たちへ振り返った。
「以上十名です。この配役で物語は書きました。それから、脇役に子供が二人入ります」
「モデルは決まっているのですか?」
「はい」
光命からの問いに、颯茄はとびきりの笑顔でうなずいて、また文字を書き始めた。
乙葉 瞬/百叡
瑠璃 ラハイアット/桔梗
文字を読むと、みんな意味ありげな顔をした。明引呼がショットグラスをカツンとテーブルへ置いて、
「百叡は息子。桔梗はお前の妹だろ」
「はい。なので、二人にやってもらうことにしました。喜んでました」
一仕事終えたと言うように、颯茄は席へ戻った。焉貴がおもむろに口を開く。
「俺あれだからね?」
「いやいや、ネタバレするので言わないでください!」
颯茄は大慌ててで、席を立ち上がった。勢い余って椅子がバターンと後ろへ倒れる。
ジュースを飲んでいた張飛が今度はボソボソと、
「俺っちの出番は……」
「いやいや、それもやめてください!」
瞬間移動でシュッと、張飛のそばへ寄り、彼の口を颯茄はふさぐ。そんな妻を尻目に、孔明が言葉をこぼす。
「ボクの苗字って、光と一緒だけど、これ言っていいの?」
「いやいや、それもダメです!」
左手に張飛、右手に孔明の口をふさいで、間に立っている颯茄は身動きが取れなくなった。
「僕は楽しみです。自分で演じてみたかったんです」
貴増参はにっこり微笑んで、さりげなく場を仕切り直した。颯茄はほっと胸を撫で下ろして、さっきから話していない夫ふたりに聞く。
「夕霧さんと蓮は何か質問ありますか?」
「ない」
「好きにすればいい」
夕霧命は簡潔で、蓮は投げやりだった。お茶をすすっていた月命が湯飲みを静かにテーブルへ置いて、身を乗り出した。
「僕の髪の色が違うんですが、そこは直していただけるんですか?」
子供たちと一緒にアニメを見ていた月命は、台本を読まなくても中身がよくわかっていた。妻は首を横へ振る。
「残念ながら、物語のまま演じていただくので、カツラをかぶっていただきます」
「俺はそこはそのままだな」
「そうで〜す!」
独健がさわやかに言うと、妻はしめくくりと言うように、声高らかにのたまった。さっきから黙っていた燿がのんびりしながら、手厳しいことを告げる。
「戦闘シーンはビシバシ指導するから、よろしくどうぞ」
「ははっ」
雅威が楽しそうに笑う。
「それでは、台本を渡しますので、今回は一ヶ月で覚えてきてください。大作ですからね」
妻の手からそれが渡され出すと、夫たちは元気に返事をし、
「はーい」
次々にダイニングから瞬間移動で消え去っていった。




