嘘の向こう:張飛の場合
地平線が見える広い庭を、颯茄はあちこち探していた。
「あれ? ここにいるって聞いていたんだけどなあ?」
大きな木の下で、遠くを見ようとすると、背後から声が聞こえてきた。
「どうしたっすか、颯茄さん」
急いで回り込むと、槍を木に立てかけた張飛が休息しているところだった。
「ああ、張飛さん。探してたんですよ」
「何かあったっすか?」
「実は、張飛さんをモデルにした曲を書いてきました」
「本当っすか?」
張飛はいきなり立ち上がり、颯茄よりも八十センチも高くなった。
「聞きますか?」
「もちろんっす」
少しヘビーな前奏が流れ出す。
【嘘の向こう】
あいつは頭がよく 勝てたことがない
嘘を隠すことなんて たわいもない
だが
今回ばかりはバレてる
嘘をついてることも
それがなんのことかも
隠したくなるのもわかる
心はとても澄んでいて
道理の通らないこと嫌い
俺のことが好きで 彼女もいるから
好きだと言えない
あいつは冷静で いまだに言わない
何気ないフリなんて 些細もない
さて
どうやって隙を作ろうか
弱点は焦りだ
それならただ待てばいい
あいつから動いてくる
気づいていないフリをして
様子を探ることにしよう
俺のことが好きで 変わらないから
答えが出せない
心はとても澄んでいて
道理の通らないこと嫌い
俺のことが好きで 彼女もいるから
好きだと言えない
ずっと黙っているけれど
いつもより落ち着きないみたい
俺のことが好きで 限界がきて
好きとささやいた
曲が終わって、鳥のさえずりが聞こえてきた。
「どうですか?」
「これは俺と孔明のことっすね?」
「そうです。実際どう思っていたのかな、と」
インタビューをしていない颯茄は、そこが単純に気になった。
「最初は気づかなかったっす。孔明、嘘を隠すのうまいすっからね。でも、途中で気づいたっすよ」
「どんなことで気づいたんですか?」
颯茄が食いついた。
「ちょっとした言葉遣いっす」
「言葉遣い……」
「俺っちたちにしかわからないものっす」
「長年一緒にいるから分かったということですね」
二千年近くも一緒にするのだ。ちょっとした違和感に敏感なのだ。
「そして、この歌と同じような感じになったっすよ。孔明はああ見えても、焦ったりすることがあるんす。だから、俺っちは知らないフリをしてたんすよ。そうすれば、いつまで経っても動いてこない。気づいて欲しいのが孔明の目標なんすから、気づかないフリが一番効果的っす」
「確かに。孔明さんああ見えで、行動的ですからね。じっとしてないですもん、いつも」
「そうなんす。だから、そこが狙い目なんす」
そこで、颯茄はあることを思い出した。
「そういえば、時々ケンカしてるんですか? 孔明さんとは」
「俺っちはケンカだと思ってないっすけど、あっちは思ってるかもしれないっすね」
「やっぱり仲がいいですね」
張飛ななんてことない顔をして、屋敷の方へ振り返った。
「そうっすか? この家には仲のよい夫婦はたくさんいるっすよ」
「これだけ人数いますから。今二十三人ですから」
「それだけ、物語があるってことっす」
「そうですね。まだまだネタになりそうなことは転がってるってことか」
重複婚がもたらす、幸せの連続を颯茄と張飛は感じていた。




