時代の最先端/2
今度は反対側の三列席にいた、焉貴が蓮の腕を軽く叩いた。
「ねぇ? 蓮! おめでとう」
「ん」
「好きなやついたの知らなかったよ」
「ん」
無言に近い頷きだったが、主役が外へ出ると、たくさんのテレビカメラと記者に蓮たちはあっという間に囲まれてしまった。
「ディーバさん!」
「ディーバさん! こっち見てくださいよ!」
アーティストである、蓮や光命は慣れたものだったし、こうなることはさけられないとわかっていたが、小さな子供たちが大人に詰め寄られてかわいそうなことになっていた。
蓮は一歩前に出て、カメラの前に腕を置いて言う。
「妻と子供たちは撮らないで」
マイクが何本の向けられてきた。妻たちと子供たちは音楽事務所の人たちの誘導によって、画面から外れた。そして、式場前は臨時の記者会見場と化した。
「何か一言お願いします!」
「Hikariさんとはいつからお知り合いだったんですか?」
「Hikariさんは蓮さんのどこを好きになられたんですか?」
「蓮さんはいかがですか?」
「Hikariさんに質問です。お子さんたちとの関係は以前から良好だったんですか?」
「蓮さんはただいま、コンサートツアー中ですが、今後の活動についての影響はいかがですか?」
「Hikariさんはいかがですか?」
通常ならば式が終わると、参列者たちも一緒に外へ出て声をかけたり、胴上げをしたりとなるところだが、記者たちが押し寄せたために、焉貴や夕霧命たちは外へ出るに出られなくなってしまった。式場は騒然となった。
焉貴は山吹色のボブ髪をけだるくかき上げる。
「式場出ても動けないって、蓮のやつの人気すごいね」
今ちょうどツアーの真っ最中のアーティストが結婚というだけで、大騒ぎなのに、同性と結婚し、しかも複数婚ともなれば、どうやっても人々の注目が集まってしまうのは仕方のないことだった。
*
街角のテレビに生中継の映像が流れ出す。歩いている人たちがふと足を止めて、人だかりができた。
蓮たちをバックにリポーターがカメラの前でまくし立てるように話し出す。
「ディーバ ラスティン サンディルガーさんが先ほど、男性の方と新しくご結婚されました」
驚き声が一斉に上がった。
「えぇっ!?」
「男が男と結婚!?」
最初に撮った映像をテレビ局は流し出した。
「インタビューに答えていただきましたので、ご覧ください」
画面が切り替わる。
「Hikariさんとはいつからお知り合いだったんですか?」
「光とは……」
蓮が言いかけると、掛け声にも似た驚き声が、リポーターたちから一斉に上がった。
「おう! 呼び捨てだ」
「光とは三年前に、子供のピアノレッスンを頼んだことがきっかけだ」
家族ぐるみの付き合いから、ゴールインへと画面に字幕が出た。
「Hikariさんはディーバさんのどこを好きになられたんですか?」
「彼は私の音楽の美的センスを磨き上げてくれる存在です」
「ディーバさんはいかがですか?」
「光が俺の音楽に輝きを与えてくれる」
蓮と光はどちらともなく、穏やかな笑みになった。
「Hikariさんに質問です。お子さんたちとの関係は以前から良好だったんですか?」
「えぇ、時々家にお邪魔していましたから、遊んだりしていましたよ」
フィーチャリングしたR&Bのグループが売れて、ワールドツアーをするまでになった蓮は、リハーサルが始まる前のこの一時間のためだけに、コンサート会場の近くから瞬間移動でやってきていた。
「ディーバさんはただいまコンサートツアー中ですが、今後の活動についての影響はいかがですか?」
「わからない」
「Hikariさんはいかがですか?」
「今のところは何とも言えません」
一緒に音楽をするかと聞かれても、結婚は急に決まったところで、敏腕社長からどうするかがまだ言い渡されていなかった。たとえ、一緒に活動するにしても、ジャンルが違いすぎたのだ。
フラッシュの嵐が二人のアーティストの顔を何度も照らす。
「昨日招待状が届いたという話ですが、電撃結婚ということでしょうか?」
傍に控えていた蓮のマネージャーが時計を指さした。蓮は光命の肩を優しく抱いて、記者たちの前から去っていこうとする。
「コンサートのリハーサルがあるので、これで失礼」
「待ってください! ディーバさん! もう少し――」
テレビカメラやリポーターが慌てて走り出す姿が写っていたが、街角で様子を見ていた女子高生が、驚きすぎてやけに静かに言った。
「ディーバ、男と結婚しちゃった」
「そんなことある?」
「男と男が結婚する?」




