恋に落ちたのは誰/3
宝石箱をひっくり返したような街が眼下に広がっていた。あの明かりのひとつが自宅で、見上げれば摩天楼と星明かりばかりなのに、それを逆から見下ろすと、こんな美しい街並みが広がっているのだと、光命は今日初めて知った。
「きたことがなかったのか?」
「えぇ、初めてきました」
「ふーん」
気のない返事も慣れたもので、光命は景色を眺めていた。手を伸ばせば届く距離にいる蓮を強く感じながら、光命は冷静な頭脳で物事を推し量る。
(蓮、あなたなら愛の重複をどのように思いますか?)
ここまでの思考回路、0.1秒、不自然な間を置かずに、光命は少し寂しげに言葉を紡いだ。
「恋人たちのメッカだというこちらの場所には、私に訪れる資格はないと思っていたのです」
「どういうことだ?」
「ひとつの愛を貫くことができないからです」
「倫礼が言った。この世界の法律はみんな仲良しだけしかないと。結婚に対する規定はない。だから、何人とでも結婚できると」
「そうですか」
蓮はずっとポケットに入れたままにしていた小さな箱を取り出して、光命の前でふたを開けて見せた。
「お前のことを愛している。だから結婚してほしい」
「…………」
光命は返事を返さなかった。彼の脳裏に真っ先に浮かんだのは、夕霧命でもなく、知礼でもなく、地球にいる人間のおまけの倫礼だった。
(私は結婚しないつもりでしたが、彼女に出会って可能性の数値が変わってしまったのです。私が一番守らなければいけないのは、彼女です。なぜなら、彼女には命に限りがある。最優先させなければ、いなくなってしまう。ですから――)
「えぇ、構いせんよ」
「そうか。じゃあ、これだ」
光命が了承すると、蓮は指輪を箱から取り出して、光命の細い指にはめた。光命はその指を開いたり閉じたりして、指輪を眺める。おもしろいものだと思った。男から指輪を送られる日が自分の人生の中で訪れるとは。
本体の倫礼に何かと、光命の話題を持ち出されていたが、蓮は昨日気づいたのだ。なんだかモヤモヤしていた気持ちは、愛しているのだと。だから、この男にプロポーズしたのだ。
まだ何も知らないおまけの倫礼を蓮は思い浮かべながら、
「後日、おまけに知らせる」
「えぇ、彼女は驚くかもしれませんね」
どんな反応を見せるのだろう。十四年間も思い続け、あきらめようとしてもあきらめられないもどかしさの中で、結婚する話まで一気に進んでしまっている現状。彼女に断る権利はない。おまけなのだから、本体の倫礼がいいと言うのなら、従うしかないが、どんな顔をするのだろうか。
蓮は鼻でバカにしたように笑う。
「驚かせておけばいい。所詮おまけはおまけなんだからな」
「そのようなことを言って、あなたは彼女に甘えているのではありませんか?」
「なぜ、そんなことを言う?」
蓮は不思議そうな顔で、光命の横顔を見つめた。光命は神経質な指先で風で乱れてしまった髪を耳へかける。
「私たちへ対する態度と、彼女との前では違っていますから、そのような理由からではないかと思ったのです」
「ふーん」
「気のない返事は、図星ということでしょうか」
陛下の命令を受けてもうすぐ三年になる。蓮の行動パターンは冷静な頭脳の中にデータとして登録済みだ。可能性から導き出したので合っているのだろう。その証拠に、蓮は聞いまずそうに咳払いをした。
「んんっ! 違う」
「そういうことにしておきましょうか」
蓮は珍しく無邪気な子供みたいな笑みで幸せに浸りながら、同じ風に光命と髪を揺らした。
もう光命を縛りつけるものは何もない。同性を愛そうと、何人好きになろうと、それは罪ではなく、当たり前――神に許された行為だったのだ。おまけの倫礼が言っていたように、ただの個性だった。
呪縛は解かれ振り返れば、神が示した道をきちんと歩んでいたのだ。外れたことも背いたこともなかった。後はタイミングと覚悟の気持ちがそろえば、光命は夕霧命にプロポーズをするところまで目処は立ったのだ。




