発展途上の完成品/5
颯茄、赤点である。スマイルマスカットをシャクッと歯で噛み砕いて、山吹色のボブ髪は、我が妻の横顔に近づいた。
「あのさ、前から思ってたんだけど、お前と蓮ってどうなってんの? 九年も結婚してて、好きとか言ってないって……」
颯茄は、てにをは辞典をパラパラと適当にめくりながら、奇跡を巻き起こした女の恋愛観がここで、戸惑いという言葉が戸惑ってしまうほど、つっかえつっかえで出てきた。
「私は……基本的に……そういうことは……いっ、言わないんで……」
「蓮のこと、いつ好きになったの?」
焉貴に追加の質問をされて、颯茄は辞書から手を離した。頭に手を当て、目の前の壁に貼られている登場人物の服装がメモされた紙を、首を傾げあちこちにやっている視線で追い続けながら懸命に考え始めた。
「…………?」
さっき光命に話していた昔話に、そこの部分は出ていない。手元にあるメモ帳に書かれた、作品タグをじっと見つめ始めた颯茄。
「…………?」
いつまで経っても、妻から返事は返ってこない。となると……。
独健が若草色の瞳を大きく見開いて、銀の長い前髪を一旦見て、颯茄の小さな背中を見つめた。
「まさか、お前も知らないうちに?」
認めはしなかったが、颯茄の回答はこうだった。
「あ……あぁ……そこの記憶が……曖昧で……気づいたら結婚してたんです」
どんな結婚の仕方だ。それを聞いた夫全員、いや、蓮を抜かした七人が全員、盛大にため息をついた。
「明智さんちの三女も、恋愛鈍感だったんだ……」
光命は思う。自身の恋愛の仕方とはまったく違う、人の愛し方をする妻が、いつもよりさらに愛おしく思えた。彼が颯茄のそばによると、紺の長い髪が彼女に寄り添うように近づいた。
「私はあなたのそばにいるべくして、音楽活動を休止したのです」
自身のやりたいことをしてほしいと思うのだ。颯茄は恐縮する。
「そこまでしなくてもと言いたいんですが……」
だがしかし、この優雅な王子さま夫ときたら、一度言ったら聞かないのだ。テコでも意見を曲げない。それは、夕霧命が一番よく知っている。0.01のズレも許せない、細かい性格。またさっきの堂々巡りになってしまうので、颯茄はあきらめて素直にうなずいた。
「光さんが決心したなら、受け入れるしかないです」
焉貴がふざけた感じで、後ろから抱きついてきた。
「俺も、常勤から非常勤になったから、できるだけ、お前のそばにいるよ」
だから、焉貴先生は他の教師と昼食の時間が違い、授業の途中で帰れるのだ。
マゼンダ色の長い髪が横でさらっと揺れ、凛とした澄んだ丸みがあり儚げな女性的だが男性の声が、同じ教師として響いた。
「僕もそうしました。その方がいいと思いまして……」
複雑な想いはあるが夫たちの意見を尊重して、颯茄は素直に頭を下げた。
「子供のこと一番な月さんまで、ありがとうございます」
独健、貴増参、明引呼は職業上、時間を割くことはできない。武道家である夕霧命は、颯茄のそばにはくるが、最近はよく修業に没頭して、夕食になっても戻らず、光命が時刻前に迎えに行くということがしばしば起きている。
孔明は時おり顔を出しにくる。まだ少しぎこちない会話をして、また仕事へ戻るのだ。蓮は光命に遠慮して、あまり顔は出さないが呼べばくる。
颯茄はとても大切に守られているのである、この九人の夫に。彼女は振り返って、みんなの顔を見渡した。
「それじゃ、改めてよろしくお願いしま――」
無事に話は終わりそうだったが、元気いっぱいな好青年の声が不意に響き渡った。
「こんばっす!」
夫婦水入らずのところに、知らない男の登場。
「あぁ?」
「え……?」
「ん?」
全員が振り返ったドアのところには、金色のトゲトゲした短髪の男が、人懐っこそうに立っていた。ずいぶん背が高く、孔明よりも背丈があるようだった。
「どんなところか様子を見にきたんす」
何だか間違っている感が出ている男に、颯茄がお断りを入れ始めた。
「あの……ここはコミュニティーではなく、十人で夫婦の普通の家です。見学はやってない――」
だが、お笑い好きの彼女は、ひとり人ボケツッコミを見事に成功させたのだ。
「っていうか! 他の人が家に入れるって、どういうセキュリティーなんですか!」
ずいぶんと無用心な明智家だった。すると、男が小さなものを差し出した。
「鍵を渡してもらったっす!」
誰がと問いつめたいところだ。しかし、まずは……。
「っていうか、誰ですか?」
「張飛っす!」




