発展途上の完成品/4
光命、策略的に颯茄に懺悔するためにひとりじめだった。
「そうかもしれませんね」
「え……? いつもこないから、みんなは私に興味がないんだと思ってましたけど……」
月命とよくこの部屋であーでもないこーでもないと話している焉貴が、山吹色のボブ髪を手でかき上げた。
「お前と光がラブラブだから、控えてんだけど、俺たちもきたいんだよね、正直ここに」
「そうですか」事務的に妻の相づちは終わり、部屋を見渡した。「独健さんは結婚して以来、初めてですね、この部屋で会うの」
二、三歩、独健は歩み出て、颯茄の頭を優しさ全開でなでる。
「光との恋愛はみんなから聞いた。十四年だ。俺だってちょっとは考える長さだ。だから、ふたりきりの方がいいかと思ってな。遠慮してるんだ」
頭をなでられるのが好きでない颯茄。だがしかし、ここは新しい夫の優しさを素直に受け取るため、手を払いたいのを我慢してお礼を伝えた。
「あぁ、ありがとうございます」
「お前がいるから、今の俺たちがいる」
地鳴りのような低い声が響いた。その人はいつも、颯茄の背後に立っている。声もかけずに、ただひたすら、見守る愛を貫く夕霧命。
颯茄の表情は少しずつほころんでいった。みんな大人の対応をしていたから、そばにいなかっただけで、決して愛されていないわけではなかった。
光命の冷静な水色の瞳は、目の前にいる女を誇りを持って見つめていた。
「あなたは私たち夫婦にとって、かけがえのない人です。あなたがいなかったら、私たちは今も他人だったのかもしれませんよ」
そして、コンサート中のはずなのに、私服に魔法で一瞬にして着替えた蓮の、奥行きがあり低めの声が、超俺様ひねくれで言ってきやがった。
「くだらないこと言っていないで、黙って俺たちにされるようにされてればいいんだ」
「む〜〜……!」
颯茄はカチンときて、鋭利なスミレ色の瞳をにらみ返したが、思いっきり上から目線でにらみ返され、口を怒りで歪めながら、近くに落ちていたティッシュに、怒りの雷を代わりにズドーンと落としたのである。
にらんだだけでも怒りが収まらなかった颯茄は、ティッシュをつかみ、ぽいっとゴミ箱に投げ捨てた。その横顔に、宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳が向けられる。
「ねえ、お前いつになったら、俺に言うの?」
「何を、どう言うこと?」
砕けた口調の焉貴。瞬間移動で指先に持ってきたスマイルマスカットをつまむ手を、颯茄に一度だけ押し出した。
「お前さ、俺に愛してるって言ったことないよね?」
颯茄は慌てて顔をそむけ、ロックのかかってしまったPCのパスワードを入力し始めた。
「そ、それは……」
何かを焦っているようで、何度もパスワードが違うと表示されて、画面が開かないPC。それを斜め後ろから見ていた独健が、はつらつとした鼻にかかる声で追い打ちをかけた。
「俺も言われてないな」
「…………」
颯茄の指先がどんどんもつれてゆく。そこへ羽布団みたいな柔らかさの低い声が、真面目にボケもせず同意した。
「僕もありません」
「…………」
何とか開いたPC画面。颯茄はトラックパッドを三本指で横へ滑らせて、フルスクリーンをスワイプするが、なぜか右往左往している。そこへ、兄貴のガサツな声が、よく聞こえるように前にかがみ込んだため、ふたつのペンダントヘッドがチャラチャラと歪んだ。
「オレもねえな」
「…………」
颯茄はPCから手を離し、近くに置いてあったサボテンの小さな鉢を右に左に落ち着きなく傾け始める。そして、焉貴の螺旋階段を突き落とされたぐるぐる感のある声がこんなことを言ってきた。
「欠席の孔明の代わりに、《《僕》》が言っちゃうけど、あれも言われてないって言ってた、三日前に」
「…………」
颯茄は手を離して、今度は目薬のふたを開けたり閉めたりをリピート。そんな彼女の顔をのぞき込むように、しゃがみこんだマゼンダの長い髪とヴァイオレットの誘迷な瞳が現れた。
「僕も言われていません」
「…………」
月のように美しい月命から、颯茄は顔をそむけ、スリープにわざとならないようにしている携帯電話を手にとって、スクロールし始めた。
だがここで、話の流れが急に変わった。夕霧命のトレーナーの上から、地鳴りのような声が紡がれた。
「俺は言われた」
「……っ!」
颯茄は携帯電話を投げ置いて、勝ち誇ったようにジュースをぐびっと飲み、勝利を祝福した。そして、遊線が螺旋を描く優雅な声が、妻のおかしな言動をさっきから密かに、冷静な頭脳に全て記憶しながら、くすくす笑いそうになるのを我慢していた。
「私は寝たふりをして、彼女から引き出しました」
「……ふふ〜ん♪」
颯茄は白のカットソーと黒の細身のズボンの境目を視界の端に映して、ペン立てに入っているハサミを今度は持ち上げたり、落としたを繰り返す。罠を仕掛けないと、愛していると言ってこない妻。焉貴は最初の夫に問いかけた。
「蓮は?」
銀の長い前髪はしばらく動かなかった。鋭利なスミレ色の瞳もである。しかし、やがて全ての記憶を洗い直した蓮から出てきた言葉はたった一言。
「……………………ない」




