パズルピースの帰宅/3
都心から少しだけ離れた郊外に建つ明智家。様々な建築家の神がかりなセンスで、どの角度から見ても、美し街並みが望める。その頭上には、紫の月を玉座に迎えた星空が、輝きというベールを優しくかける。
しかし、そんなことは今はどうでもいい、我が家の玄関前。植え込みの木は、兄貴のウェスタンブーツで軽く蹴りを入れられ、ガサガサと嘶いた。
「っつうか、何、夫チームで玄関に溜まってんだよ?」
「いつも通りです〜」
月命の凛とした澄んだ声が明引呼のそばに寄り添った。兄貴は被っていた帽子を乱暴に下ろし、藤色の剛毛で少し長めの短髪をガシガシとかき上げる。
「またってか? バカップルじゃなくてよ。バカ夫夫になってんだろうが、毎日毎日、夕霧と光の野郎はよ」
どうせ中には入れない。他の四人はキス中。ということで、月命は自身が一番愛している夫に声をかけた。
「明引呼、僕とキスをしませんか?」
ミイラ取りがミイラみたいなことを言い出した、失敗することが好きな月命。彼のパステルブルーのドレスを、兄貴の太いシルバーリングをした手が、パシッと強く叩いた。
「それはあとにしろや。早く玄関あけねぇとよ、後ろがつかえ――」
言い終わらないうちにやってきてしまった。彼らの後ろに、カーキ色のくせ毛で、優しさの満ちあふれたブラウンの瞳の持ち主が、こんな意味不明な言葉を言って、ご帰宅である。
「ただいま、行ってきます、です」
「きちまっただろ、次がよ」
どんどん、門から玄関までの石畳の上に夫たちがあふれ返っている明智家。それでもまだ、全員帰ってきていない。明引呼のウェスタンブーツはジャリジャリと砂糖菓子を食べるような音をかかとで立てて、振り返ったと同時に、深緑のマントを今度はパシッと叩いた。
「っつうか、帰ってくる時まで、ボケてくんじゃねぇよ。行ってきますって言ってきやがって、言葉逆だろうが」
オレンジ色のリボンが任務を無事に終えたことを、物語るように平和に揺らめいていた。流れ星がすうっと横切る下で、貴増参の羽布団みたいな柔らかな低い声がのんきなことを言う。
「我が家もてんやわんやの大にぎわいです」
「にぎわってんのはよ、玄関だけ――」
明引呼が何とか状況を収集しようとしていたが、その途中で、最後尾にふたり一緒に人が立った。紫のマントとターコイズブルーのリボンが落ち着きなく、あたりを見渡す。
「うわっ! こ、今度はどこに俺を連れてきた!」
行き先を告げられず、連れ去られてしまった独健に、蓮は銀の前髪の乱れを直しながら、今頃しれっと返事をした。
「家だ」
少し鼻にかかった独健の声は、予想外のところに連れてこられて、驚きすぎて一瞬裏返ったが、
「へ?」
すぐに優しさ全開で、超不機嫌な蓮にお礼を言った。
「……あ、あぁ、サンキュウな。お前のお陰で、自分の力を使わないで、無事に帰ってこれた」
夫の長蛇の列の中程で、明引呼のガサツな声が、未だにキスをしている光命と夕霧命に文句を言っていたが、
「また、次帰ってきてんだよ。旦那オールで集合じゃねえか、玄関でよ。狭えんだよ、いくら増築し続けてもよ。入れなくて、外にあふれてんだよ。毎日毎日」
途中から、潜入作戦にすり替わっていった。
「もう少し早く帰ってこねぇと、中に入れねえってか? どいつ、出し抜くってか?」
そうこうしているうちに、パステルブルードレスの横を、白のはだけたシャツがすっとすり抜けてきた。孔明とのキスのお楽しみが終了した焉貴。今度は別の夫におねだり。
「アッキー、お帰り〜! チュー、俺にして〜」
兄貴の太いシルバーリングは今度、黄緑色のボブ髪を思いっきり遠くへ押した。
「てめえも、あとにしろや! 歩く十七禁夫がよ」
乱れた髪を額から頭の後ろへすうっとかき上げて、卑猥な転入理由の教師は、無邪気な子供みたいに微笑んだ。
「じゃあ、エロ用語、連発しちゃ〜う!」
平和な玄関が、色欲漂う夜色に染まってゆく。だが、それを巻き返した人たちがいた。それは、天使のように本当に無邪気な子供たちである。
「パパ〜〜!」
玄関ホールから、ドカドカと走り寄ってくる。明引呼の当然すぎる注意がやってきた。
「ガキどもがくっからよ。黙れや」
「え〜? 聞こえないんだからいいでしょ? この世界じゃ、十七歳になるまで、大人の話はどうやっても聞こえないし、知ることもないんだからさ。だから、俺、学校でいつも、マスター×ー××××してんの、中庭とかでね」
野郎どもに囲まれて仕事をしている兄貴は、口の端でフッと笑って、大問題点を指摘した。
「大人には見えてんだろがよ。この、猥褻野郎が」
同僚の女性から文句が出ると思うが、なぜか平気なこの世界。もうすでに、混乱を極めている中で密かに始まる、策士ふたりの昼下がりの約束事が。
孔明の白い着物が揺れると、エキゾチックな香の香りがそよ風を起こした。
「月〜? ボク、もう待てないんだけどなぁ〜」
「おや? また君が先に根を上げましたか〜」
石畳の下から当てられた光に照らし出される、月命の笑顔はまるで幽霊のように影がおかしな感じでできていて怖いのに、ニコニコしていた。




