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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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パズルピースの帰宅/1

 光命はブラックアウトから解放されると、自宅の玄関ホールへ戻ってきていた。家族が急に増え、大工に頼んで増築に増築を重ねた家。しかし、彼らの匠の技は素晴らしく、ちょっとした噴水が鈴の音のように頬を軽やかになでてゆく。


 若葉色の絨毯が春らしさを床で花咲かせる。四季織々で色を変えるそれ。吹き抜けのガラス窓には和紙が不規則な三角形を作り、ところどころにアクセントを置く、朱色や少しおとなし目の紫。


 つるしびなのような遊び心のある縦の線が、天井から何本も降り注ぐ。子供がいる家らしく、可愛らしさも漂わせていた。


 そこに立つ光命の服装は、白のカットソーに黒の細身のパンツ。濃い紫の膝上まであるロングブーツ。甘くスパイシーな香水。彼の装いは洋風。だが、和を好む夫婦がいる以上、その艶やかさも、愛でる感受性を兼ね備えていた。


 小さなソファーが規則正しく並んでるのかと思いきや、それらは子供たちに崩壊的にバラバラにされ、もはや彼らに占拠――いや基地にされていたのである。


 冷静な水色の瞳に子供たちの遊んでいる姿を映しながら、あごに軽く曲げられた人差し指が当てられた。


「間に合わなかったのかもしれない。蓮のコンサートを彼女と一緒に見たかったのですが……」


 猛スピードで脳裏の左右を過ぎてゆく映像が一瞬、白い光を発し、通常の速度で流れていた音声が途切れた。そして、別の映像が流れ出す。それはさっき見ていたものと、スタートは同じなのに、次の言動からまったく違うものとなり、完全に別の結果にたどり着いた。


「……未来が変わった。彼女がくるみたいです」


 子供たちがガヤガヤしているのを横目で見ながら、白のカットソーと黒い細身のズボンがソファーから優雅に立ち上がった。そして、ちょっとした賭けを心の中でする。


(彼女が気づくという可能性と気づかないという可能性、どちらが高いのでしょう?)


「ただいま〜」


 女の声が玄関ホールに響き渡った。


「はあ〜」


 大きく息を吐き、ヨロヨロと廊下へ歩いてくる。それを真正面で受け止めるように、光命は出迎えた。


「颯茄、仕事は終わったのですか?」

「あぁ、光さん、お陰様で何とか終わらせてきました」


 ブラウンの長い髪は少しもつれていて、どこかずれている瞳はいつもよりさらにずれていた。


「そうですか」


 光命はただうなずいて、颯茄のために話がしやすくさせる。彼女はボサボサの髪をくしゃくしゃとかき上げた。


「いや〜、アシスタントの人がいなかったら、今頃文章の中に埋もれて、身動き取れなくなっているところでした。初のホテルに缶詰は無事終わりました」

「それでは、私からのご褒美を差し上げますよ」


 まるで王子様にように優雅に微笑んだ光命を、颯茄はまじまじと見つめた。


「何ですか?」

「こちらです」


 光命は少しだけかがみ込んで、妻の前髪を手のひらでよけて、額に軽く唇で触れた。


「あぁ、ありがとうございます」


 妻は頬を少し赤くして、礼儀正しく頭を下げる。唇ではなくおでこにキス。


 冷静な水色の瞳はついっと細められるが、妻は気づかずに、照れ笑いをやめて、おでこを触っていた手をふと離した。


「あれ? どうしておでこなんですか?」


 光命はまたひとつ情報を手に入れて、心の中で優雅に微笑んだ。


「唇にしたら、コンサートの開演時刻に間に合わなくなってしまいますからね」


 颯茄は意味ありげに微笑んだ。


「ふふっ。続きは帰ってきてからですね」

「えぇ」


 子供たちがのぞき込んでいる噴水が、颯茄の中では白いシルクのように見え、あの滑らかさに二人で寝転がり……。大人の妄想が始まろうとしていたが、子供たちの無邪気な声がすぐ近くで聞こえた。


「おかえり、ママ」

「お仕事終わったの?」

「やっとママ帰ってきた」


 気がつくと、子供たちにあっという間に颯茄は囲まれていた。


「ママ〜!」


 抱きついてきた子供を抱え上げ、みんなに笑顔を振りまく。


「お待たせしちゃったね。元気だった?」


 妻からママの笑顔になった颯茄の横顔を、光命はそっと見つめる。 


(本日の分の懺悔をしなければ……)


 だがそこで、キュービック型のソファーで、他の兄弟たちと仲良く話している、ピンクがかった銀髪の男の子を彼は見つけた。


(ですが、今日は百叡と約束してしまいましたからね。あとで、時間を割かなくてはいけない。彼女に懺悔する時間を……)


 十四年も待たせてしまった愛する妻。

 光命は自身が彼女と同じ立場で十四年間生きていたらと思うと、平和な我が家が急ににじみ始めた。そして、彼の冷静な頭脳という盾は、激情という名の獣にあっという間に飲み込まれてしまった。


 自分でも自覚していたが、平静ではいられなくする、彼女は光命を。うつむくと、視界は若葉色の絨毯と紫色のロングブーツだけになった。水色の瞳は涙でゆらゆらと揺れて、神経質な頬を雫が落ちてゆく予感がしていた、楽しく遊んでいる子供たちがいる前で。


(少なくとも、彼女を待たせた十四年間は懺悔し続けなくて――)

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