魔法と結婚/3
独健は珍しく勇ましく話を続けていたが、途中で話になぜか色がついて――大人の想像が暴走してしまって、つっかえつっかえになった。
「いきなりあんなところで、魔法使って時間も止めて、俺を楽屋に連れ込んで――っ! い、今のは言葉のアヤだ。言い間違え――」
ヒョウ柄のストールは何の前置きもなく、すっと近づいてきて、
「っ」
蓮は独健のひまわり色の短髪に片手で触れたかと思うと、いつまでも話し続けている男の唇に、自分のそれを強く押しつけた。
独健のはつらつとした若草色の瞳は驚きで大きく見開かれ、衝撃的すぎて逃げることも忘れた。唇の温もりを感じながら、強姦といっても過言ではない、キスの前にただただ立ち尽くす。
(お前、何をしてるんだ! 俺にいきなりキスしてきて……。ドキドキするから、やめろ〜っっっ!!!!)
準備万端。いや、ゴーイングマイウェイの蓮は瞳をきちんと閉じ、キスの感触に酔いしれる。
(あの日以来だ、キスをしたのは……。気分がいい)
本番前の楽屋。ふたりきりの空間。みんなのディーバ――蓮。その男と警備をしている人間の中の一員、独健が人気アーティストをひとりいじめ。いつ、スタッフが入ってくるかわからない密室で、いつまでもどこまでもキスが続いていきそうだった。
だが、何とか落ち着きを取り戻した独健が手を振り払って、後ろに身を引いたことによって、強姦じみたキスは強制終了した。
「っていうか、仕事中だっっ!!」
そうだ。今目の前にいる、ディーバさんのために業務を真面目に遂行していた。それが、時を止める魔法を使われ、瞬間移動で誘拐された隊員。怒って当然だった。だが、蓮は知っていた、独健の今日の勤務時間が何時までなのかを。
携帯電話を瞬間移動で取り出して、この紋所が目に入らぬか的に独健に突きつけた。
「十七時過ぎている。だから、退勤だ」
ゴーイングマイウェイという嵐に連れ去られ、キスという津波に飲み込まれた結果がこれ。独健は両膝に手をついて、昼間に出会した貴増参の『放課後、コンサート会場の裏にきな! 作戦』も含めて、盛大にため息をついた。
「はぁ〜、今日は俺、引っ張り回されっぱなしだ……。俺の安泰はいつくるんだろうな? じゃあ、帰る――」
独健は紫のマントとターコイズブルーのリボンを反転させ、銀のレイピアが楽屋の照明の中で振り返ろうとした。だが、蓮がその手をぐっと引っ張り、そうはさせなかった。
「聞いていけ」
少し鼻にかかった声が聞き返そうとするよりも早く、
「何を聞いて――」
ひまわり色の短髪と銀の髪がすれ違う位置まで迫ってくると、蓮は耳元で秀麗な色気を振りまきながらささやいた。
「愛している」
順番がおかしい――。
だが、蓮なりには、夫である光命の言葉を実行した。誠実な結果だった。しかし、さっきの海辺のカフェでの優雅な男とした話を知らない独健。当然、彼はこう反応した。
「はぁ?」
間の抜けた顔をして、これ以上ないほど思いっきり聞き返した。しかも、訴えかけるような視線を、鋭利なスミレ色の瞳に送る。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
妙な間どころではなく沈黙、静寂。いや、ご臨終並みの無言。続いてゆく、線路のようにどこまでもどこまでも、男ふたりきりの楽屋と空間に。
だが、動きがあった。蓮の天使のような可愛らしい顔は、怒りでどんどん歪んでゆく。そして、火山噴火を起こし、天へスカーンと抜ける怒鳴り声とともに、独健に人差し指を突きつけた。
「お前、俺に言わせておいて、自分は言わないとはどういうつもりだ!」
蓮は愛の応えを待っていたようだ。しかし、独健にとっては、青天の霹靂。両手を横へフルフルして、ゴーイングマイウェイの蓮どのに物申す!
「いやいや! 俺は頼んでない、言ってほしいとは」
無理強いしてきた蓮の態度に、独健も少しは落ち着きを取り戻した。
銀の髪を持つ男は、生まれて八年しか経っていない。だが、対する独健は二千三十六年生きている。つまりは知恵がある。この男がこんな行動を自ら起こすとは考えにくい。無理やりさせられている感が思いっきり漂っている。そんな蓮に、独健は正直に聞いてみた。
「それよりも、誰に罠を仕掛けられたんだ? お前がいきなりこんなこと言うなんて、どう考えてもおかしいだろう」
「…………」
無言。無表情。無動。いわゆる、ノーリアクション。図星であるという結論に、独健は勝手に達した。だが、策士が誰なのかは気になるところ。若草色の瞳の男は一言断りを入れて、
「黙ってるってことは、勝手に考えるぞ」
ファイル一。
カーキ色のくせ毛と優しさのあふれたブラウンの瞳。だが、独特のボケ倒しをし、時には罠を仕掛けてくる男が、独健の脳裏に浮かび上がった。
「貴増参……」
「違う」
奥行きがあり少し低めの蓮の声が否定をした。独健は次に手をかける。




