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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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同僚と恋人/12

「あれが、俺たちを見て聞こえるから、おかしくなっている」

「そうかもしれませんね」


 見ることも聞くことも、本来なら赦されない女。希有けうな存在。怒りというマグマは蓮のお腹のあたりでくすぶっていたが、とうとう火山噴火を起こし、天までスカーンの抜ける怒鳴り声をまき散らした。


「人間の分際で、タメ口とはどういうつもりだ! あいつ」


 潮風が入り込む店内。残り少ない相手の飲み物を名残惜しそうにうかがう。そんな日々だった。だが、それは目の前にいる男が過去に変えてくれたのだ。


 光命は向かいの席から、はす向かいの席へ瞬間移動した。ふたつの結婚指輪が重なるように、指一本一本に自分のそれを互い違いに絡ませ、優雅に陽だまりのように微笑む。


 冷静な水色の瞳は鋭利なスミレ色の瞳を横から見る形で、命――いや魂の恩人といっても過言ではない、我が夫に静かに言葉を紡ぐ。


「蓮、あなたは私を、既成概念という鎖と鍵から解放してくれた人のひとりです。こちらの場所で、このようにあなたにずっと触れたかった」


 全ては夢のまた夢だった。それが、目の前にいる男がプロポーズしてきたことによって、現実になったのだ。向かいの席では遠い距離。斜め横の席に来た。キスの予感を覚えて、蓮は、


「かけてやる」


 奥行きがあり低めの声は今は鋭さが消え、安定感のある美しい響きに変わっていた。


 紺の長い髪はゆっくり横へ揺れるが、冷静な水色の瞳は外されることはなく、ふたりの視線はカフェという空間で絡みに絡んだ。


「もう、あなたの魔法を使って、時を止めなくてもいいのです」

「ん?」


 いつもと違うことを言われて、蓮の顔は不思議そうになった。光命は午前中に感じたもうひとりの夫とした唇の温もりを思い返した。


「夕霧と外で、たくさんの人がいる中でキスをしました。ですから、人目をはばからなくてよいのです」


 十四年しか生きていなくて、数字という規律の世界の中で生きている男。経験不足の男が繊細という壁をひとつひとつ自身の手で方法で払いのけて、成長し続け、出会った頃と変わってゆくが、真実の愛はそれさえも受け入れられ、愛おしく思えるもの。


 さらには、八年しか生きていない蓮も、ともに変わり続けてゆく。青空という背景はそのままで、そこを流れる雲は同じものは二度と現れない。例えて言うなら、そんな関係。


 蓮の綺麗な指先は、十字のチョーカーに伸ばされ、そのシルバーの冷たさをまるであごを自分に引き寄せるように味わう。


「ん」


 新婚さん。夫婦ならぬ夫夫。そばによれば、相手の唇に体に触れたくなるのが道理。もう隠す必要も、偽ることもなく、素直に言える喜悦という海に、空を真正面から見る形で背中からでも安心して落ちてゆける。まるで聖句のように、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が告げた。


「蓮、愛していますよ」


 晴れ渡る青空の下、草原を吹き抜けてくる風を浴びるように、天使のように可愛らしい顔は無邪気な子供のように微笑む。さっきまで超不機嫌だったのが、口の端が両方とも上に上げられ、スミレ色の瞳からは鋭利さが消え、純粋だけになった。だが、綺麗な唇は動くことなく、


「…………」


 そのまますうっと、光命の顔へ近づいてゆく。光命の細い指先は銀の長い前髪の感触に酔いしれる。触れたかったが赦されなかった禁断というロックは婚姻によってはずされた。


 髪だけでなく肌も何もかもの感触が、自分を魅了してやまない毎日。いつもの光命ならば、体中を雷に打たれたように、ビリビリと指先、つま先まで鼓動がとどろくところだが、なぜか冷静な頭脳でデジタルに切り捨てた。


 そして、ふたりの瞳はすっと閉じられ、本物の潮騒を聞きながら、海面から差してくるような様々な青、アクアブルーの光のシャワー。カフェのライトの中で、唇はふと触れ合った。


 式の時に初めて感じた感触。祝福という拍手に包まれた中で自分の内側に入り込んできた、相手の性的な匂い。何もかもが数字化された光命は、真っ暗になった視界の中で考える。


(私を解放してくれた人。ですが、あなたが私に愛していると言ったのは、一回だけです。そうなると、あちらの可能性があるという可能性が96.98%。従って、キスを終えたあとには、当初の予定通り罠へといざないましょうか)


 蓮に光命の策が迫っていた。というか、罠だった。斜め向かいの席に移動してきたのも、さっきの愛しているの言葉も。


 そうとは知らず、唇の温もりと感触を、R&Bというリズムと独特の音階の感性へと、蓮は変換し続ける。夫夫の愛が新しい曲、仕事を作り出してゆく。


(光の全てが俺の創造力を搔き立てる……。五線譜にメロディーが描かれてゆく)


 店の中にいた他の客たちは最初、不思議そうに顔を見合わせていたが、ここでもすぐに受け入れられ、微笑ましく思われて、ふたりきりの世界を邪魔しないように、普通に会話をしたり、飲食をし始めた。



 光命は手を伸ばせば届く位置にあるティーカップを、瞬間移動で自分の前へと呼び寄せた。ティースプーンで琥珀色をかき混ぜ、ベルガモットとシナモンの香りを際立たせる。中性的な唇にカップの縁は口づけをされ、永遠に温かい紅茶を体の中へ落とした。


 そうして、罠が始まる。ポーカフェイスで何気ない感じで、光命は聞いた。


「蓮、全員に愛していると伝えましたか?」

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